真相のカミカクシ

夜野 舞斗

Ep.0 彼女が殺人鬼になった

 告白した人が「今日、夜家に行っていい? 親、いないよね?」と聞いてきたら、大抵の事情は察するだろう。そこに死体を連れてくるだなんて、誰も彼も思いやしない。

 大人しそうな黒髪の少女は、赤が入り混じった茶髪の少女を引っ提げて玄関から入ろうとしてきている。


「えっ? はっ……? あっ……あっ……」


 嘔吐したくなる、異常に強い血の臭い。無残に殺され、最後に苦悶の表情をしたであろう死体の顔が頭の中にこびりついていく。

 間違いなく死んでいる。口から頭から血を流し、目を見開いたまま動かない。下手したらその目玉も飛び出して落ちてきそうな程、乱暴に扱う彼女。理由は分からないが、時々ボンボンと揺らしている。

 間違いなく犯人は目の前にいる彼女だ。


「あれ? 今日、行っていいって言わなかったかな?」

「ひっ……言ったけど……言ったけど……普通、死体まで連れてくるなんて……」


 折角、大切な人が僕にできたと思ったのに。

 殺人鬼になってしまっただなんてあまりにもショックだ。

 恋人としてだけではない。幼馴染としても、だ。

 家が近所だったから幼稚園の頃から仲が良かった。雲母きらら志儀しぎ。彼女は破天荒に明るくて、周りを振り回す位の元気さが取り柄だった。今も、それは消えていない。大切にしたかった。それを守りたい。自分が近くにいて、その心を守ってやりたいと思っていたからこそ、今日ついに告白したはずだった。

 それなのに、何故。

 目の前にいるのはどっきりか。死体でなく、生きてる人が「やぁ」と言ってくれれば良いのだが。そんな様子はない。


「志儀……どうしちゃったんだよ……本当に志儀がやったのか?」

「あっ、これ? うん。間違いなく私がやったことだよ。安心して! 君に罪を擦り付けようだとかは思ってないし!」

「……そこを心配してる訳じゃないんだよ……」


 彼女が誰かに罪を擦り付けられているとか。せめて、誰かを守ろうとしているとか。そんな真実だったら、良かったのに。

 胸が痛んでいく。彼女はきっと何処かで何かに悩んでいた。それなのに、だ。気付かず、人を殺させてしまった。

 苦しくて、恐ろしくて。気付けば、一人瞼から雫を落としていた。


「うっ……」


 咳き込んでしまいそうな程。喉が痛くなってくる。たぶん体の中にあるもの、水も食べ物もごっちゃになって外に出ていっている、ような気がした。


「……えっ、何で泣いてるの!? 何で……?」


 昔、よく泣いていた僕に志儀が掛けてくれていた言葉と重なった。しかし、今の彼女はそんな優しさなどないはず。一人の人生を滅茶苦茶にした後だ。たぶん、人の心など分かっていない。

 ただこの場に的確な自然な言葉を吐いているだけ。

 更に悲しかった。

 救える道はなかったのか、と。


「怖がられるとは思ったけどさ……まさか、座り込んで泣かれるとは思ってなかったよ……参ったなぁ……」


 なのに。彼女が肩にかけてくれる手は暖かい。何故だろう。

 ごちゃごちゃになった感情が襲う中、彼女は告げる。


「親御さんはいないし、今日一日死体を隠させてもらおっかなって思ってたんだけど、それじゃ無理なのかな……ごめん、無理言って……」

「あ、謝らないで……できれば……」

「ん?」


 彼女が僕の言葉に気を留めた。ふと、出た言葉。それをチャンスに声を振り絞った。泣いている声でもしっかり相手に伝わるように。


「自首してよ……まだ、志儀に良心が残ってるなら、自首してよ……お願いだから」


 彼女の顔に影が落ちる。今まで逆に明るかったのが不思議な位なのだが。


「それはできない相談なんだよね」


 心の中がまた冷たくなった。心臓が凍り付いているのではないのかと錯覚する程、寒い。辛い。

 意地でも彼女を止めたいのだが。

 近づけなかった。異臭と彼女の残念そうな笑顔が僕の体の邪魔をする。いや、それだけではなく、近づいたら殺されるとの恐怖もあったのかもしれない。

 彼女の次のターゲットが僕でないとも限らない。

 それでも声だけは一丁前に出せていた。


「何で……何でよぉ……やめてよ。こんなこと……人を殺したって、何にもならないはずでしょ……?」

「それは漫画や小説だけのお話。世界には私みたいなのがいなきゃ、回らないんだよ」

「それは君じゃなくたって、良かったはず……」

「いいや、私しかいなかった」


 何を言っても通じない絶望。

 今までは「私と君、結構似てるね」だとか「考えていること一緒だね」と言われるようなことがあった。その度に心がキュンとなって、抑えるのに苦労した。なのだが、今は全然違う。僕の感情も心も伝わってはくれないし、ましてや察しようともしてくれない。

 冷血な彼女の姿を知って、自分に憎悪すら覚えた。

 彼女は身を翻し、こちらに死体を見せつけるような形となった。


「まぁ……ここにいても迷惑だし……一応、君は私の共犯者にはなってくれないみたいだからね。ああ、安心してよ。君はちゃんと事件に関わってないって言っておくから。私が君を脅すために来たってだけ」

「そうじゃなくって……」


 死体を運んで去ろうとしている彼女に一つだけ聞きたいことがあった。たった一つ、それだけ。


「あのさ……」

「どうしたの?」


 暗闇に歩いていく。しかし、こちらの声が届く場所にいる。きっとゆっくり歩いている。


「僕の告白を受け入れてくれたのって……何で?」

「君の告白がとっても素敵だったからってのと、さっきも言ったけど、私、君のことが大好きだからだよ。ずっとずっと昔から……そして、今でもね……」


 困って彼女は僕に助けを求めたのか。

 殺人犯となってしまって、その奥の手で僕の家を訪ねたのだろうか。そう信じたいのだが。今はもう無理だ。

 また涙が出てしまう。

 訳が分からなくて、家の前で泣き喚く。気付けば、人だかりもできていた。当たり前だ。家の前には血の痕。玄関前で泣き喚く、その家の子供。僕だったら間違いなく、その子供の親が殺されていると思う。

 当然、家族は旅行中で中に死んでいる人などいない。

 ただ、殺されているとしたら、今までの軟な僕だけか。

 僕は一夜にして、何かが変わった。でなくては、彼女が殺人を犯した理由を調べ続けて真実に辿り付くなんてことはしなかったはず。

 雲母志儀による女子高生連続殺人事件。その動機を知った。



 


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