その2「うちは出勤簿にハンコなの」

 これに関しては職場によると思う。


 ただ私が働いていた環境で言えば、最初の1年は出勤簿にハンコを押すだけだった。だから給料明細に「残業代」の文字が無かった。見込み残業代とかいうものもなかった。


 私立の幼稚園なのに。


 簡単にいえば「特色いっぱいの幼稚園」だろうか。私立は幼小中高一貫校も多い。私が新卒で働いたところもそうだった。


 私立幼稚園に入るために、お受験をする。

 お受験の内容も、これもまた場所による。詳しくいえば身バレするので控えるが、軽く掻い摘むと「集団で遊ぶ様子」を見たり、「面接」があったり。そんなところだ。


 意識の高いご家庭は我が子をいい環境で育てるためにお受験をする。私立は環境が整っていることが多いからだ。

 それぞれ幼稚園ごとに特色を出し、激戦区を生き抜く。


 英語の授業がある、広い芝生の園庭がある、縦割り保育を取り入れている、裸足保育を推奨している、マーチングに力を入れている、などなど。


 子どもにとってはのびのびと過ごせるいい環境。けれど職員にとっては……。


 私が働いていた私立幼稚園は、サービス残業当たり前の地獄だった。


 定時は16時半。けれど職場を出るのはいつも19時。

 それも、見回りの警備員さんに「そろそろ出てね」と言われるギリギリの時間まで。

 さらにいえば朝も早い。8時始業開始なのに、7時には職場についていた。

 そんなに早く行って何をするのか? もちろん掃除や保育準備である。


 保育職に関わらずだが、仕事というのは色々とすることが沢山ある。


 幼稚園なので、14時頃には子ども達が帰る。延長保育の子どもは、各自持ち回りで見たり、延長保育担当の先生が出勤してくる。

 子ども達が帰ったあとは、まず掃除だ。保育室を掃いてモップをかける。廊下もモップ。

 掃除機をかける部屋もある。幼稚園は色んな部屋があるところもある。


 コロナ禍のときは本当に大変だった。玩具ひとつひとつ全部ひっくり返して消毒。これのせいで余計に残業時間増えてた。残業代でないのに。


 そして掃除が終われば明日の保育の準備をする。

 絵を描くなら絵の具を溶いたり画用紙を切ったりしないといけないし、制作をするなら使う素材の用意をして、子どもが取りやすいように素材ごとに分けたり、保育が始まった時にすぐセットできるようにしておかなければいけない。

 子どもは間が持たないから、机を並べたり素材を出したりしている間がもったいないのだ。

 保育の進め方にもよるが、とにかく細かい準備が大量にある。


 その後は記録を書く。私が働いていた園は学期末に成績表を渡していたので、そこに書くための「ネタ」を記録しておくのだ。

 日々色々なことが起こるために更新されていく記憶力はあてにならない。一ヶ月前に子どもがどんな遊びをしていたのか、鮮明に覚えておくことは難しいと思う。

 何をして遊んでいたか、誰とどんな話をしていたか、喧嘩していたなら何で喧嘩になったのか、その喧嘩は解決したのか、保護者には伝えたか。その日の出来事を、子どもの人数分書く。


 だが、この記録に関しては、家で持ち帰って書くことの方が多かった。


 下っ端は、先輩の先生から雑務を頼まれることが多い。「これやっといて」と渡される大量の仕事。

 もうここに書ききれないくらい「それ私がやらないとダメなん?」ってくらいの雑用。

 その仕事をこなしていれば、あっという間に定時は過ぎている。

 結局、自分自身の仕事は持ち帰って家でやるしかなくなるのだ。


 私のところは、途中で労基が入り改善されはしたが、それでも残業代が出るには条件がついた。

 明日の保育の準備で残るのは、残業代が出ない。理由としては、そんなもん手早く終わらせられるでしょ、とのことだ。は? である。

 ただ、職員会議のときは出た。職員会議があることで明日の保育の準備が進まなかったから仕方なく残った、という体であれば、それならしょうがないねと残業代が支給された。

 残業代を貰うには、残業申請を書かなければいけないが、これにもまた時間が取られる。最後の方こそパソコンのアプリで管理していたが、最初は手書きだった。


 とにかく、保育職はサービス残業当たり前の世界だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る