野菜泥棒

Zarvsova(ザルソバ)

野菜泥棒

 通報を受けた駐在さんが手入れをサボっていた自転車をキイキイ言わせて現場に駆け付けると、110番をした爺さんが家の外で落ち着かない様子で待っていた。

「どがんしたとね」と自転車を停めながら駐在さんが尋ねると、爺さんは「茄子が無うなった」と要領を得ないことを言う。


「茄子がどがんしたんね」

「お向かいさんの畑たい。細んか茄子がなっとったばってん、朝になったら無うなっとった。こら野菜泥棒ばい」

 爺さんの指さす先を駐在さんが見ると、小さな家と小さな小さな畑があった。聞けば、他所から越してきた一人暮らしの女性が趣味として野菜を育てていたという。被害を免れたらしい成長途中の小さなトマトが青々とした葉の間から元気な赤い顔を覗かせていた。


 その隣の葉っぱしか見当たらない区画に茄子が植えられていたようだ。

なるほど、実が千切られた跡が幾つもあるが、しかし今は茄子の収穫にはまだまだ早い季節である。


 畑の持ち主が野菜に関してずぶの素人で食べ頃も分からず収穫してしまったか、悪ガキの悪戯かと駐在さんが考えを巡らせていると

「最近は都会の悪かもんが田舎で果物でん何でん採って街で売りよるてテレビでやっとったけんなあ」

と爺さんが何と無しに言った。農家の多いこの町の住民が不安がってはいけない、これは現場検証をせねばと駐在さんは決めた。


 まず畑の地面に付いた足跡を調べ始めたのだが、のっけからどうもおかしい。

足跡はサンダル、それも女性ものと思しきサイズのものが一種類しか見当たらないのだ。これはつまり、この畑の持ち主しか足を踏み入れていない証拠ではないのか。


「あの、何かありましたか」

 駐在さんが地面を見て潜考しているところに話しかける声がした。顔を上げると婦人が一人。彼女が件の畑の持ち主だと爺さんから説明された。

「そっがですね、泥棒がこの畑の小さか茄子ば盗んでしまいよって」

「あら、小さい茄子が」

駐在さんが伝えると、婦人は両手で顔を塞いで俯き肩を震わせた。茄子のことがよっぽどショックだったと見える。

「せっかく育てた茄子は残念ですが、夕べ変わった物音なんかはせんかったですか」

 駐在さんの質問に婦人は手で顔をふさいだままで、

「いえ大したことではありませんから調べていただかなくても」と答える。

「ばってん近所の人も不安になりますけん、泥棒は放っておけません。小さか茄子でも」

と駐在さんが食い下がったところで婦人がブフッと噴き出した。

「あら失礼」と小声で言った婦人は駐在さんに顔を近付け、後ろにいる爺さんに聞こえないよう小声で囁いた。

「秘密にしおきたかったのですがウフフフあの、実は犯人を知っています。ブッフフ家の中に来てください」

 駐在さんは声をあげそうになったが、婦人はその白い人差し指を彼の口に当て制した。


 招かれるまま入った家の、片付いてはいたがカーテンが閉め切られ暗い居間。

そこにある高価そうなテーブルの上に、駐在さんは籠に入った大量の小さいナスを見つけた。

「ヒヒフフフ実はナスをヒヒヒ千切ってしまったのはフフ私なんです。だからイヒヒヒヒ泥棒なんかではウフフフないのですよ」

「なんでそがんこつばしたとですか」

「フフフ誰にも言わないでくれますかヒヒ」

「秘密は守ります」

婦人は笑いを抑えきれないまま言った。

「ウフフフフ小さいお茄子がウフフこどものおちんちんみたいで千切りたくなっちゃってイヒヒヒアハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」

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