君は騎士の如く

HATI

第1話 都会の中にある不思議

「これください」


コンビニエンスストアの店内で、少女が複数の菓子パンをレジのカウンターに差し出す。


「三点で380円になります」


店員は菓子パンをレジに通し値段を告げる。


「袋もください。これでお願いします!」


少女は500円玉を差し出す。

お釣りと商品を受け取り、店外に出る。


店内に客が居なくなると、隣にいた別の店員が近づく。


「先輩、あの子最近毎日来ますよね。結構遅い時間なのに」

「親が帰ってくるのが遅いんじゃないか? 鍵っ子てやつだな。しっかりしてる子だし大丈夫だろ。それより今のうちに品出ししとけよ」

「分かりましたー」


店員の少女に対する興味はそれで終わった。



ガサガサとポリエチレンの擦れる音を響かせながら少女は歩く。

マンションの入り口に入り、エレベーターで3階に上がる。

一番端の部屋の鍵を開けるとそのまま中に入った。


「ただいま!」


大きな声で言ったが、室内は真っ暗で返事はない。

少女はスイッチで照明をつけた後、背中に背負ったランドセルを下す。

隣に買ってきた菓子パンを置く。


そこには江ノ下瑠璃と書かれていた。


瑠璃はつまらなそうに室内を眺めると、自分の部屋へ移動して服を取り出す。

少女らしい可愛い服から、動きやすい服に着替え終わる。


レジ袋をつかむと、先ほどまでのつまらなそうな顔が一変して笑顔になった。


「行ってきます!」


照明を消し、再び静寂に包まれた室内に瑠璃の声が響く。

先ほどと同じく返事はない。


瑠璃は振り返ることなく、部屋を出て鍵を締める。

ガチャンという音が静かな空間に消えていく。


春先とはいえ、夕方はもう明るいとは言えない。

そんな中、瑠璃はゆっくり走る。

その動きに迷いはない。


少し経って、誰もいない公園にたどり着く。

公園といってもベンチもなく、遊具もない。

少し緑があるだけの名ばかりの空き地だった。


子供達も寄りつかない公園で、瑠璃は奥に向かう。

すると、大きな木があった。

その裏側に割り込む。


そこは死角になっており、入り口からは瑠璃の姿が見えなくなった。


本来なら、そこには何もないはずの空間だった。

しかし小さな穴が見える。不思議なことに、穴の奥は見えない。


瑠璃はその穴に頭から突っ込んだ。

小さな瑠璃の体を穴は飲み込んでいく。


その際、お尻が引っかかるがなんとか潜り抜けた。

完全に瑠璃の体が穴に飲み込まれてしまうと、再び公園は静寂に包まれる。


穴を潜り抜けた先は公園とは全く光景が広がっていた。

七色の空に、変な形の木々。遠くには巨大な塔が見える。


およそ現実味のない光景だった。


「いたた。毎回尻餅ついちゃうなー」


立ち上がって、ズボンのお尻側についた土を払う。

パンパンと手を叩き、手についた汚れを落とす。


「みー! みーこ! どこにいるのー!」


瑠璃が大きな声で叫ぶと、遠くから物音がする。

ドタドタという音の後、大きな物体が跳躍し、瑠璃の隣に着地した。


それは猫の形をした黒い生き物だった。

おかしいのはその大きさだ。


体高は瑠璃の背の高さよりも高く、全長は5メートルを超えている。

現実には存在しない生き物なのは出会ってすぐの瑠璃にも分かった。


みーこと呼ばれた大きな黒猫は瑠璃の体にまとわりつく。

サイズが大きいだけに瑠璃がみーこの体毛に埋もれる。


瑠璃はみーこの毛を押し退け、這い出す。

適当な岩に座り、レジ袋を膝に乗せた。

みーこはそれが食事な合図だと認識し、顔を近づける。


「もう! お腹が空いた時はそうやって甘えるんだから。仕方ない子ね」


レジ袋からあんパンを取り出し、封を開けてみーこに差し出すと、みーこは器用に咥えて口の中に入れて咀嚼する。


それを見ながら瑠璃はうぐいすパンを取り出し、少しずつちぎって食べる。

そうしている間にみーこはあんパンを食べ終わり、小さく鳴く。


「もう食べたの? これもあげる」


レジ袋に手を突っ込み、もう一つのパンを取り出す。

クリームパンの封を開けて差し出すと、みーこは尻尾を揺らせながらかぶりつく。

勢いがあったからかクリームが飛び散り、瑠璃に顔にかかった。


「落ち着きがないんだから」


クリームを拭こうとすると、みーこが下で舐め取る。

瑠璃は残ったうぐいすパンを口に放り込み、夕食を終えた。


「みーこと一緒に食べると慌ただしいよー」


そう言いながらも、瑠璃はみーこのお腹を撫でながらニコニコしている。

誰もいない家でテレビの音を聞きながら食べるより、よほど楽しいのは明らかだった。


両親が夕食代として置いていく500円。

みーこの食べる分だけ瑠璃の食べる量は少なくなったが、少食なので問題はない。

少しお腹が減っても、淋しいよりはずっとマシだった。


瑠璃は立ち上がると、ゴミをレジ袋にまとめ、ポケットに突っ込む。


「じゃあ今日もよろしくね。あの辺に行ってみようよ」


瑠璃の声にみーこは頷き、器用に頭を使って瑠璃を背に乗せた。


「走って大丈夫だよ!」


瑠璃はみーこの背にしがみつく。

みーこが駆け出すと、瑠璃が走るよりずっと速い速度で移動する。

風が瑠璃の長い黒髪を靡かせた。


「みーこはやっぱり足が速いね! 私が走るより早く到着するよ」

「ミャーオ」


やる気にない返事が返ってきたが、喜んでいるのが短い付き合いながら伝わる。

それが嬉しくて瑠璃の顔が綻んだ。

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