第三十九話 寝落ち通話

 しかし、美夜子はなかなか電話に出ず、私は暫くぼ抱き枕を抱えながら物思いに耽っていた。

 それにしても、どうして昨日、いきなりあんなことを言ったのだろうか。

 確かに、私と美夜子が出会わなければ今の環境はないし、美夜子と話すことも、隣の席だったからいつかチャンスはあったかもしれないが、なかったかもしれない。

 それだけ特別な、そして大切な出会いだった。

 私はそう考えながら、ギュッと抱き枕を抱きしめた。

 電話が鳴る。美夜子からかと私はスマホを手に取る。


「もしもし」


 私はそう言って、ディスプレイを見ずに電話に出ると、そこから聞こえた声が思いもよらぬ人物だった。


「夜遅くにすまないな」


「社長? どうしたんですか?」


「いや……とある伝から、文化祭で演劇をやるって聞いてな」


 とある伝とは……恐らく、健一郎さんだろうか?


「それを言う為に、わざわざ?」


「まあそうだ。どうだ、楽しいか?」


「はい。もちろん、舞台の仕事の時とは訳が違いますけど、みんなが成長したり、課題を克服するのを見てると楽しいです」


「そうか……で、ケンのところの娘はどうだ?」


「美夜子ですか? かなり良くなりましたよ。私が直々に色々教えましたから」


 私は少し訝しみながらそう言った。

 社長は一つ息を吐いて「そうか……」とだけ返事をした。


「社長の見る目は流石ですね。教えてやらせたら、すごく良くなって、私なんかすぐに追い抜かれそうでした」


「そんなにか……」


 社長は少し黙ってから「文化祭は何時だ?」と訊いて来た。


「十月の二十一日ですけど……」


「丁度土曜日か……よし、スケジュール空けておく」


「く、来るんですか?」


「ああ、ちょうど今ケンと飲んでてな。二人で行く」


「せめて佐竹さんも一緒の方がいい気がします」


 社長はその言葉を聞いて疑問に思っていたが、強面二人が並んでくるより、誰か一緒に来ていた方が目立たなくていいと思ったからだ。


「健一郎さんも、玖美子さんと一緒に来てって言っておいてください」


「……わかった」


 私は日付を口にして、準備期間があと一ヶ月しかないことに、危機感を持った。


「何か手伝えることがあったら、遠慮無く言ってくれ」


「手伝うって……ギャラ発生しますよね?」


「それで言えばうちから三人もタレントが出るんだから、発案者の担任の先生にギャラを請求したいくらいだ」


「いや、冗談ですって」


 私は笑いながらそう言うと、社長は「とにかく、学生のやるものだからそこまで期待していないが、頑張れよ」と言い、電話を切った。

 私は、学生の作るものだから期待していないと言われ、内心ムカっときていた。

 私はすぐに美夜子に電話を掛けた。


「もしもし?」


 美夜子が電話に出るや否や、私は「美夜子。劇、絶対いいものにしよう」と言った。


「それはわかってるけど、何かあったの?」


 私はさっきの社長との電話の内容を、美夜子に伝えた。


「それは……燃えてくるね」


「社長をギャフンと言わせたい」


「それ、明日みんなに言おう。絶対みんなもやる気になると思う……あと、引っ掛かってるんだけど、お父さんも来るの?」


「社長が言ってたよ。今一緒に飲んでるからって」


「社長さんに言ったの、お父さんね……」


 美夜子の声から怒りが滲み出ていた。

 私はそれを聞きながら笑っていると、美夜子はため息を吐いた。


「どうした?」


「いや……今日も陽菜とこうやって電話できるの嬉しいなって」


「電話如きで?」


「うん。ほら陽菜が言ってたじゃない。私と陽菜が出会わなければ、今が無かったって。図書室で陽菜が助けてくれなかったら、私も陽菜も他のみんなも、今みたいな関係じゃなかったなって」


「私はなんで昨日あんなこと言ったのか、悩んでたよ」


「それは……そうね」


 美夜子は笑いながら言うと、手が滑ったのか、スピーカーから凄い音がした。


「あれ、美夜子?」


 私は一度、スマホを耳から外して画面を確認する。すると、美夜子側の操作でビデオ通話に切り替わってしまったらしく、画面には美夜子の部屋が映し出されていた。


「ねえ美夜子、ビデオ通話になってるよ」


「嘘。あ、本当だ」


 美夜子がフレームインしてくると、こちらに手を振ってきた。


「もう布団の中?」


「うん。なんか今日寝る支度するの早くてさ」


「私はまだお風呂入ったばかり」


「そっか。だからさっき電話出なかったんだ」


「ごめんね」


 美夜子がスマホを持ち替えようとした瞬間、少し開けた寝巻きの胸元から一筋の線が姿を見せた。


「今日の寝巻き、エロくない?」


「どこが?」


「胸元、結構ざっくり開いてるし」


「これくらいの方が緩くて楽なの」


「なんだ? デカいからってそう言いたいのか?」


 私がそう言うと、美夜子は笑いながら「そうじゃないよ」と言った。


「寝巻きって緩い方がいいでしょ」


「まあ確かに、締めつけられるよりかはいいかも」


 私は、自分の寝巻きが映るように、カメラの角度を調節してみた。


「え、陽菜もエロくない?」


「私、長ズボンで寝れないんだよね」


「冬とかどうしてるの?」


「半ズボンで頑張る。寝てると時、暑いの嫌なんだよね。だから、半袖半ズボンで年中寝てる。風邪の時くらいしか、長袖着て寝ない」


「陽菜の脚、とてもいい」


「美夜子の方が……エロいでしょ」


 美夜子は、少し怒ったように「私の事、エロい目でしか見てないでしょ」と、言うと布団に入って体を隠した。


「まだ眠くないな……」


「確かに。私、昨日はこの時間、寝てたけど」


「眠くなるまで話す?」


「それは流石に無謀じゃない? 二時間くらいずっと話さなきゃいけないし」


「じゃあ、また眠くなったら電話する」


「本当? 期待して逆に寝れないんだけど」


「そっちも、眠くなったらまた電話して」


 私は「じゃあまた、その時に」と言って、電話を切った。

 私は暫くの間、横になりながら動画を見ていた。

 時間にして一時間くらいはその状態で、いよいよ眠くなってきた時に、また美夜子に電話してみた。

 しかし、美夜子は出なかった。折り返しが来るかなと思い、暫く待機したが、その間に私は寝てしまった。

 思ったより早く起きた翌朝。試しにと、寝起きで美夜子に電話をしてみた。


「……もしもし?」


 寝ぼけた美夜子の声がする。


「美夜子、起きてる?」


「ん……今起きた」


「おはよう」


「おはよう……」


 私は特に話す話題もなく、どうしようかと悩んでいると、美夜子が「昨日、先に寝ちゃってごめん」と謝ってきた。


「いいよ。まあ、電話しても出なかった時点で察したけど」


「うん。寝る前に電話しようと思ったけど、寝ちゃってた」


「あはは、なんだそれ」


「朝掛けようと思ったのに……」


「私の方が遅く寝て早く起きてるね」


「うう……面目ない」


 美夜子の寝起きボイスの可愛らしさに、私は朝から悶えていた。


「今日もいつもの時間のバスでね」


「うん。じゃあまた後で」


 そう言って電話を切り、私は支度を始めた。

 早く起きた分、時間に余裕があり、少しのんびりしていると、逆に遅れそうになった。

 いつもの時間のバスに乗り、一つ先の停留所で美夜子が乗り込んでくる。


「あれ、唯は?」


「寝坊だって。先行っててだって」


「気が利くね。唯」


「なんで?」


 美夜子はそう言うと、私の隣に座り、体を寄せてくる。私も負けじと、体をぶつけてまるで座りながら相撲をしているようだった。

 こうしているのが、私は好きだ。


「社長が来るの、みんなに言うと逆に色めき立たないか心配だな」


「ああ、もしかしたら声を掛けられるかもしれないって?」


「うん。そんな単純な人じゃないからなぁ。うちの社長。もしかしたら、美夜子を見にくるのかもね」


「それは……ないと思いたいな。唯も沙友理ちゃんも居るんだし、そこら辺のチェックなんじゃない?」


「だといいけど」


 私はそう言うと、窓の外を見た。

 犬の散歩の帰りの老人が犬に引かれている。


「犬いいなぁ」


 私はそう呟くと「どんなのがいいの?」と、美夜子は訊いてくる。


「白い柴犬がいいな……」


「あれって結構珍しいらしいよ。柴犬の中でも一割程度らしい」


「へぇ。でも、柴犬ってだけでも可愛いのに、真っ白だとさらに可愛いよね」


 美夜子はスマホで画像を調べていた。


「確かに……可愛いな。佇まいが完全にぬいぐるみだ」


「でしょ?」


 そうこうしていると、学校前に到着し、私達は慌ててバスを降りた。



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