第35話 襲撃事件、その後
剣術の授業で私を襲った男子生徒の取り調べは騎士団により行われたが、件の生徒は何も覚えてなかった。剣をどこで入手したかも分からないし、私を襲った前後の記憶がすっぽり抜けた様になっているらしい。普段の授業態度はとても真面目で成績も良い生徒で、イグレシアスの地方貴族の子息。私を襲ったと言う事を聞かされて、一番ショックを受けているのが本人だと言うのだから、シアーラの言う通りに何らかのイーサラムによって暗示が掛けられていたと言うのも、強ちない話ではないのかも知れない。
男子生徒がウソを吐いている様でもないとのことで、彼はしばらく監視付きで謹慎となった。王女を襲ったのだから、本来なら親の領地を没収してお家断絶でもおかしくないぐらいですもんね。でも、私も彼は無実なのではないかと思ってる。やはり、この事件には誰か黒幕がいる……そんな気がするのよ。
事件の後、周りはやたらと心配してくれたんだけど、当の本人が精神的にもノーダメージだったので呆れられた。そりゃ私だって襲われれば怖いけど、エマは前の扉の中で三回も後ろからいきなり刺されて絶命してますからね。剣術を磨いた成果もあったし、今回の事件は寧ろいいイベントだったわ。『姫様は剣術の腕も一流』って噂も広まってたし。フフフ、『剣姫(けんき)』と呼んでくれてもいいのよ!
冗談はさておき、あの日私の護衛ではなく外勤を選んだレオはおじ様にこっぴどく叱られたらしく、毎日影の様に私にくっついて護衛してくれている。有り難いと言えば有り難いけど、堅苦しいから今まで通りでいいわよ。そのお陰かあれから襲われることもなく、アカデミーでの生活は平穏さを取り戻していった。そんな折、工房からホバーボードの試作品完成の連絡が届く。
いつもの様にレオと一緒に工房を訪れると、応接間にちょっとカッコいいホバーボードが数台並んでいる! やっぱり私の試作とはレベルが違うわね!
「これが試作品ね!」
「はい。できたばかりですが、是非姫様に確認して頂きたくて」
「こっちが基板ですぜ」
親方が見せてくれた基板。私の手作り感溢れるユニバーサル基板とは、こちらもレベち。
「姫様がミスリル線を使うことを提案してくださいやしたので、それを溶接する方法を開発しやした。各層毎に配線を作ってから重ねてます」
やっぱり技術が凄い! 細かい溶接も綺麗にしてあるし、重なっている部分にブレがない。私の作ったのは結構線が歪んでたり弛んでたりしてたもんなあ。
「イーサの供給は?」
「ボードの裏、中央に大きな鉱石を一つセットしていやす。この大きさで大体一時間ぐらいですね」
私が使った鉱石の倍ぐらいの大きさだけど、多分イーサ充填率の高いものなんだろう。基板が正確なのも影響してるのかな。とにかく、一時間も浮き続けるなら十分よ。
「おい、この一台はハンドルがないぞ?」
「ハンドルは補助用だから、取り外しできるのよ。本来はこうやってハンドルなしで乗ることを想定してたの」
ハンドルのない一台。その赤いボードは私専用に作ってもらったもので、ペダルを踏み込んだ時に出るスピードが他のものより三倍速い! そして前の部分には足を固定するためのバンドも付いている。
「フフフ、認めたくないものね、自分自身の、若さゆえの過ちというものを」
「何だよ、それ」
「こっちの話。レオも上達したら乗せて上げるわよ。こっちの方がカッコいいんだから」
「俺はともかく、お前、王女なんだからあんまり危ないことはするなよ!」
分かってるって。念のために肘当てや膝当て、ヘルメットも用意してあるんだから。ヘルメットは騎士が被るような金属製だからちょっと重いんだけど。あー、早く帰って試してみたいけど、この赤いボードはなかなか試すのが難しいわね。王宮内だとまず見つかっちゃうし。スケボーの屋内練習場みたいなのが欲しいなあ。取り敢えずはハンドルを付けて安全アピールしながら乗り回すか。
三倍速い自分のボードと、レオがどうしても直ぐに載ってみたいと言うのでもう一台を受け取って、残りのボードは後日王宮に届けてもらうことにした。帰り道、二人でワクワクしながら通りを歩くが、ふと真顔に戻るレオ。
「なあ、なんであの生徒はお前を襲ったんだと思う? 誰かに操られていたのかな?」
「その可能性が強いわね。本当に何も覚えてないってことだったし」
「お前は何か命を狙われる様な覚えはないのか?」
「ないわよ! まあこれでも王女ですから、私を殺害することで得をする誰かがいるのかも知れないけど」
前の扉の中では三回も殺されて、その理由が『王配になどさせない』ってものだった。政治的な事を考えると、殺害するなら兄のテレンスでは? とも思うけど、エマを殺害した三人はもっと個人的な理由から行為に及んでいた様に思う。今、その三人とは良い関係を築けているし、彼等が今回の襲撃に関わったとも思えない。うーん、そうなると全く黒幕も理由も分からないわね。
「油断できないな」
「そうね。でもレオが守ってくれるんでしょう? 頼りにしてるわよ、私の騎士様」
「お、おう」
『私の』は半分冗談だったんだけど、彼の顔を覗き込むと照れた様に目線を逸して頷いたレオ。おっ! ひょっとして私に気があるのか!? 幼馴染から恋人に発展するなんて前世の二次創作では良くある世界だったけどね。エマとレオは同い年だけど、中身の私は少しお姉さんなんだよなあ。精神的に年下な幼馴染の騎士との恋か……悪くないわね。
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