第31話 天才

「ところで、この荷物は何なんだ?」

「ナイショよ、ナ・イ・ショ」

「何だよそれ。どうせなんか怪しいもの作ったんだろう?」


 まあ、怪しいっちゃ怪しいかな。この世界には当然スケボーやスノボなんてないし、自転車すらない。移動手段と言えば馬や馬車で、個人が乗って移動すると言う発想はないんだから。あ、そうだ! ホバーボードが成功したら、自転車もいいわね。漕がなくても移動するから原付きの方が近いかしら。


 工房に着いて早々に店主と親方に面会。言葉には出さないがちょっと面倒臭そうで『この姫様、よく来るなあ』と思ってるに違いない。でも、これを見たら考えも変わるはず。


「今日はこちらを見て頂きたいと思いまして」

「ほほう、拝見致しましょう」


 アカデミーの生徒が開発したものを工房に持ち込むことは良くあることらしいけど、ここはそう簡単に面会してくれる場所じゃない。これも王族の特権ってやつね。でもホバーボードは是非実現させたいから、ロイヤルパワーを遺憾なく活用させて頂くわ。


 机の上に木でできたボードをボンッと置いたときは、怪訝そうにそれを見つめていた店主と親方。でもそれに続いて手のひらサイズの銀のプレートを出すと、親方の目の色が変わった。三枚のイーサグラムは浮遊用の二枚と前進用の一枚。この大きさの中に馬車用の浮遊移動体に使われているデカい数枚のイーサグラムの機能が詰め込んである。普通にやったらムリだったので、銀製とミスリル製の釘をフル活用して多層構造になっているのよ。つまり、前世の電子基板で言う所の多層基板ってやつ……まあ、実際はそんな良いものではなくて空中配線に近いんだけど。


 取り出したイーサグラムとイーサを充填した鉱石をいそいそとボードにセットして手を話すと、ボードはフワっとテーブルの上で浮遊した。どうだ!


「こ、これは!」

「フフフッ、どうかしら? このサイズで浮遊するボードと言うのは」


 床の上に下ろしてハンドル部分も取り付け。レオを含め三人とも初めて見るホバーボードに興味津々だ。


「すげーな、エマ! 何だよコレ!?」

「レオ、上に乗ってみて。ゆっくり後ろのペダルを踏み込んでみてよ」

「乗って大丈夫なのか?」


と、言いつつこわごわながら上に乗るレオ。私より体の大きいレオが乗っても、少し位置が沈んだだけで浮いた状態を保ち続けている。ハンドルがあるからバランスも問題ない。レオが目をキラキラさせながらペダルを踏むと、ボードはゆっくりと前進し始めた。


「動いた!」

「行きたい方向に少し体重移動をしてみて」

「お、おう」


 レオの体重移動に合わせてボードが少し傾き、右側に曲がる。最初はこわごわだったレオもコツを掴んできて、直ぐに部屋の中を乗り回せる様に。


「何だこれ、楽しいな!」

「ひ、姫様! これは一体なんですか!?」

「個人向けの小型移動手段……ホバーボードとでも呼びましょうか。イーサグラムの小型化の一環として作ってみました」


 実際はこれが作りたくてイーサグラムを小型化したんだけど、店主と親方にはどうでも良いことの様だ。レオが部屋の中で乗り回しているボードに釘付けで、親方は早く分解してみたくてウズウズしているのが分かる。


「レオ、そろそろ降りて」

「えー、楽しかったのに」

「どの道10分ぐらいしか動かないから。乗り心地はどうだった?」

「最高だぜ。王宮の中をこれで移動したいぐらいだ」


 レオからボードを取り上げて親方に渡すと、さっそく分解してイーサグラムのプレートを取り出して色々な方向から眺めていた。


「なるほど、姫さんがお作りになったこのボードとミスリル線は、こうやって使うためでしたかい」

「そうです。ここの様に設備が整ってなくても、私一人でイーサグラムを作ろうと思うと細い、曲げられる線を使うしかないと思いまして」

「姫様、あなたは天才です! これは十年、いや百年に一度の大発明です!」


 店主がオーバーに褒めてくれるけど、悪い気はしない。いや、寧ろもっと褒めて欲しいぐらいだわ!


「しかし良くこのサイズに浮遊のイーサグラムを詰め込みましたな。いや、こんな方法があるとは恐れいりやした」

「しかしまだ精度は悪いですし、持続時間も短いのです。手作りなので量産もできません。でもこちらの工房なら……」


 手書きながら設計図を取り出し親方に見える様にペラペラとめくる。前世ではPC上のCADを使っていたけれど、授業で製図も習ったのよね。昔取った杵柄ってやつよ。絵を描くのと同様で定規などを使ってビシッと図を描くのが好きで、私は大学では工学部に進んだんだから。


「これを頂いてもよろしいんですかい!?」

「もちろん。この発明をより実用的なものにするためには、あなた方職人の力が不可欠ですもの。この国のイーサリズムがより発展するのであれば、私としても本望ですわ」

「有り難え! もちろん、我々が最高のものに仕上げて見せますぜ!」

「改良して頂く代金は必要かしら?」

「滅相もございません! これだけの発明をお譲り頂いたのですから、我々が支払わなければならないぐらいです」


 特許システムがあればボロ儲けできそうだけど、残念ながらこの世界にはそういう考え方はない。でもそのお陰でアイデアなどは工房がガッチリ守ってくれるから、ここにお願いしておけば変に技術が流出することもないだろう。


 まずは親方を中心に工房で試作してもらうことになって、私の作った手作り感満載のホバーボードも一緒に預けて帰ることに。レオはホーバーボードに乗った興奮がまだ治まらないのか、ちょっとはしゃぎ気味。


「お前、図書館に言って一生懸命調べ物してると思ったら、あんなもの作ってたんだな!」

「そうよ! 折角アカデミーに入学したんですもの。何か研究成果を残したいじゃない」

「あれ、凄いよなあ。工房の試作ができたら、絶対また乗らせてくれよ!」

「ええ、いいわよ。色々な人に乗ってもらって感想も聞きたいし。そうだ、庭園をウロウロするのにお母様やマシューに乗ってもらうのもいいわね」


 今回は浮遊するボードに使ったけれど、実際技術の核心はそこではなく『イーサグラムの小型化』ね。ミスリルと金や銀のプレートでも小型ができるのなら、今まで銅板と鉄で作っていたものの出力がもっと上がるだろうし、応用範囲は無限大。きっと親方もそのことは分かっているはず。ああ、王女としてだけではなく、天才発明家としても歴史に名を残してしまいそうだわ!

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