第22話 アナスタシア妃

 アカデミーでレジナルド王子に屋敷へ招待された、その週末。イグレシアス国内とは言え他国の王妃を訪問するわけだが、王女としてではなく王子の学友として……と言う非常に難しい立場なので、服装にめちゃめちゃ悩む。


「王女感を出しつつ、過度にきらびやかじゃない服装がいいんだけど」

「なかなか難しいですね」


 いつも服選びを手伝ってくれるバーバラに相談するも、彼女もすぐには決めきれない様だった。しかし流石にエマの専属メイドをしてくれているだけのことはあり、悩みつつも理想的な服装を選んでくれる。エマは王宮内ではドレス姿なことが多いけれど、バーバラが選んでくれたのは派手ではないが清楚で高級な感じの訪問着。うん、これならTPOとしてばっちりだわ。


「いかがですか?」

「うん! とても素敵よ。有り難う、バーバラ」


 鏡の前で自分の姿を見てみてクルクルと回ってみたり。うんうん、エマは元がいいから何来ても似合うわね。前世の庶民な私だったら『取り敢えずスーツ!』で終わっちゃうところだったわ。


 馬車の準備ができたとのことだったので外に行ってみると、レオが待っていてくれた。騎士団の正装姿でいつもよりビシッと決まってる。


「お待たせ、レオ。参りましょうか」

「はい、姫様」

「ププッ、今日は護衛じゃないんだから、そんなに固くならなくてもいいのよ」

「この服を着ると緊張するんだよ! 笑うな!」


 軽くレオをからかってから一緒に馬車に乗り込み、インファンテ邸へ。王宮からは少し離れた一角、他の三国の邸宅が立ち並ぶ区域の一際大きい屋敷がインファンテ邸だ。近くにはフォーセットやラッシュブルックの屋敷もある。街中よりも更に道が広く人もまばらで閑静な住宅街と言った雰囲気だけど、敷地はだだっ広いし建物も大きいし、前世の日本ではあまり見られない光景だわ。そんなだから、王族の馬車が走っていても騒ぎになったりはしない。


 インファンテ邸に着くと、ほぼ同時に他の二台の馬車も敷地内に入ってくる。フォーセットとラッシュブルックの馬車ね。招待された六人が馬車から降りる。マシューとユージーンはそれぞれの国の紋章が入ったブレザー姿。前の扉の中で見たことある姿だわ。サイモンはレオ同様に騎士団の正装かしら? 二人はお互いの正装姿を褒めあっていた……仲良しめ。カーラは落ち着いた色のシックな服装ながら、気品がある。ユージーンの隣に並んでも違和感がないし、ホント、綺麗なお姉さんって感じだ。


「エマ、素敵ね」

「有り難う、カーラ。あなたも良く似合ってる。私も早くそんな服が着れるぐらい大人の女性になりたいわ」

「フフフ、地味なだけよ」


 私たちが話していると、『お前には似合わね―よ』と声が聞こえた。レオ、帰ったらお仕置きだからね。


 やがてレジナルドが出てきてくれて、彼の案内で屋敷の中へ。通された応接室ではアナスタシア妃が私たちを迎えてくれる。


「ようこそ」


 前の扉の中で何回も会っているアナスタシア妃だけど、やはり美しい女性。エマの母親、つまりイグレシアス王妃も娘である私から見ても美人なんだけど、同じ王妃ながらタイプは全然違う。少し体調も良いのか、今日は顔の血色も良さそうだ。


「お招き頂き感謝致します。イグレシアスにおいでくださっているのにご挨拶が遅くなり申し訳ございません」

「あなたがエマ王女ね。お会いできて光栄ですわ。ユージーン王子もマシュー王子もようこそ。皆のことは息子より聞いていますよ。立ち話もなんですから、どうぞお掛けください」

「失礼します」


 王妃の美しさに照れているのか、男性陣は言葉数少なめ。ユージーンは女性の扱いに慣れている雰囲気だけど、年上の女性には弱いのかな? そういえばカーラも年上だもんね。マシューはそもそも女性が苦手なのか、うぶさ前回。エマはそんな彼に惚れていたけど、その気持は良く分かる。主に王妃との会話は私とレジナルドがして、当たり障りのない会話ながらも楽しい時間がすぎる。


「レジナルド、あなたは王子様たちに屋敷内を案内して差し上げたら? 私たちは女性同士でもうちょっとお喋りしたいわ」

「分かりました、母上」


 やがて王妃の提案で男性陣と女性陣は別行動することに。口数少ない男性陣はそっちの方がいいでしょうね。カーラは遠慮してかあまり喋ってなかったけれど、そんな彼女と私、それに王妃を残して男性陣は部屋から出ていってしまった。


「もう少しお喋りにお付き合いくださいね」

「もちろんです」

「カーラさんもよろしいかしら? 美味しいお茶菓子があるのよ」

「有り難うございます」


 メイドを呼んでお菓子を持ってきてもらい、新しい紅茶のカップも。王妃はと言うと、対面に座っている私とカーラの顔を見比べるように見つめている。


「お二人はどことなく似ていますね?」

「そうでしょうか?」


 カーラと顔を見合わせる。エマはまだ成人したばかりの十五歳でどことなく幼さも残る可愛い感じの女性。一方でカーラは二つ年上で落ち着いた雰囲気の美人。しかし、確かに目や口元は似ているかも知れない。でも、似ていて当然なのよ……先日受け取ったカーラに関する報告書を思い出しながら心の中で呟くが、まだ公にするタイミングではない。


「カーラは落ち着いた雰囲気でとてもお淑やかですから、私の憧れでもあります。無意識の内に真似てしまっているのかも知れません」

「そんな、私なんて全然……エマったら冗談が上手いんだから」

「あら、冗談じゃないわよ」

「フフフ、お二人とも仲が良いのね」


 女性同士と言うこともあってか徐々にカーラも喋る様になって、アカデミーの話や王子たちの話しで盛り上がる。王妃としてと言うよりも、母親としてレジナルド王子のことなども詳しく知りたい様子だった。


「アカデミーへの入学はエマ王女に勧められたと聞きましたわ」


 やがて、少し真顔でそう言ったアナスタシア妃。恐らくそのことの真意を知りたいとお考えなのだろう。


「はい。三人の王子の内どなたかを婚約者にと紹介されましたが、私はまだまだ未熟です。アカデミーで色々と学んでからでも遅くはないですし、他国の方々と交流できる貴重な機会かと思い皆様にも入学をお勧めしました」

「そうですか。正直、私も息子には国外のことも学んで欲しいと思っておりました。この様な機会を頂き感謝しております」


 よし! まずは第一ハードルクリアってところね。ここで婚約云々言っちゃうと警戒されるだろうし、これで私が今は恋愛に興味ないことを印象付けられただろう。そして、養○酒でもうワンプッシュするんだ!


「長々とお喋りしてしまいましたが、王妃様はお疲れではありませんか?」

「ええ。イグレシアスに来てからはゆっくりさせてもらっているので、最近は随分調子も良いわ」

「宜しければこちらをお納めください」

「これは?」

「イグレシアス王家に古くから伝わる薬用酒です。少し変わった味はしますが、少量をこちらのグラスでお召し上がりください」

「有り難う、お心遣い感謝します」

「ここよりも自然が豊かな王家の別荘もあるんですよ。夏は避暑地としても有名な場所ですので、仰って頂ければいつでも準備致します」


 満足そうに微笑んだアナスタシア妃。これだけサービスしておけば、少なくとも刺し殺されることはないだろう。前回の扉の中で刺された理由は分からないままだったから油断はできないけど、まあ今日の所は及第点だわ。

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