第31話 その日、栄海奈子の平穏な日常が、揺れた。

「―――栄海さかみっち! どしたー最近ため息めっちゃ多くない~!?」


「きゃっ!? あ……さ、佐々原ささはらさん? び、びっくりしたぁ……」


 奈子のクラスメイトである、佐々原さん――いわゆる今時の女子高生といった風貌ふうぼうで、俗な言い方をすれば〝ギャルっぽい〟女子だ。


 クラス内でも中心人物的な立ち位置で、陽気な明るさで誰にでもへだてなく接する。特に奈子なことも仲が良い。


 そんな彼女が、キラーン、と目を輝かせながら推測する。


「栄海っち、休み明けくらいからさ~……何かちょっと、悩んでる風なコト多いジャン? しかもしょっちゅうスマホ見るようになったし……」


「あ、わわ……さ、さすが佐々原さん、皆のこと良く見てるんですねぇ……まあちょっと気になることがある、ってくらいで、そんな別に――」


「もしかして、今……恋しちゃってる?」


「全く全然これっぽっちも、そういうんじゃありません」


「!? な、なんか珍しく、めっちゃハッキリしまくってない!? やっぱ栄海っち、なんかあった!?」


「……はっ!? あ、い、いえいえ! つい、そう……間違えたっていうか! ていうか連絡とってる相手は女友達ですしっ! 大事なお友達です!」


「お、おぉ、そぉ? ……ん? 連絡とってる相手は〝女友達〟ってコトは~……逆に言えば、〝女友達〟じゃない人のメッセージとか待ってたりして――」


「邪推はやめろ怖いわリア充の洞察力! いや全然待ってねーし!」


「ささ栄海っちー!?」


「あっすいません!? これは、その……私、内気で気弱なので! 少しは強めに声を出せるようにならないと、いざという時に不安ですからね!?」


「あ、ああ……そだねー、栄海っち、めっちゃ可愛いから、ヤバイ奴とかに絡まれたり、イザって時に大声で助けトカ呼べないとねー」


「………。あ、あはは、別に可愛くはないですけどぉ~……」


〝ヤバイ奴とかに絡まれたり〟……。

〝ヤバイ変人に絡まれた挙句、ヤバイ変人しかいないサッカー(袋詰めする方)の大会に参加するハメになり、あまつさえ優勝しちゃったんですよ~〟


 とは言えぬ奈子、話をらすように窓側へ視線を向ける、と。


 おっ、と佐々原さんが声に出しながら、視線の先を追うと。


「おっ、ナニナニー? ……あー、今日もやってんね~……カッコイイよねー、スポーツやってる男子。特に……」


「……あ、そ、そうですね、言われてみれば確かに――」


「サッカーとかイイよネ~♡」


「はあああああっ!!?」


「ホントに何がどしたの栄海っちーーー!?」


「は。……あ、あああそうですよねっ、球技の方ですよね普通は!?」


「球技じゃない方のサッカーってナニ!? 聞いたこともないケド!? ……ンッ? もしかして栄海っちが気になってるお相手は、サッカー関係の――」


「そんなわけあるか!!」


「栄海っちが完全にグレてるー!? たった二日の休み中、マジなにあったー!?」


「じゃ、じゃなくて……違くて……私は内気で気弱で……」


 所々、奈子から溢れてしまうサッカー選手(袋詰めする方)の覇気が漏れ出て、クラスメイトの佐々原さんをおびやかしてしまっているようだ。


 ある意味〝新しい世界〟を体験してしまった奈子だ――戦場から戻った兵士がすぐには日常に馴染めぬように、いつもの調子を取り戻せていないのだろう。


 間違いない。


 さて、とにかく思い切り挙動不審になってしまった奈子が、誤魔化すようにして慌てて机の中を整理しようとする。


「とっとととにかく、誰か気になるとか好きとかじゃナイですからっ、これはそういうんじゃナイです、絶対ナイ! あっそろそろ私、帰らないとっ……帰りにサッ……買い物を! 買い物をしないといけませんし! きょっ教科書、持って帰らなくちゃな~!? えーと――って、えっ?」


 机を探っていた奈子の手から、ひらり、すり抜けるように舞い落ちたのは。


 ――――簡単な便箋びんせんに入った、一通の手紙。


 それを見ながら、佐々原さんが〝あ~〟と納得しつつ口にするのは。


「栄海っち……また男子から手紙~? ダイジョブ? オコトワリするんなら、またいつもみたいに、ついてったげよっか? 心配だし~」


「い、いやー、私、内気で気弱だからチョロそう、って思われてるだけと思いますけど……でもまず、内容を確認しておかないと。えーっと……」


「栄海っちは自分の可愛さ、もっと自覚したほーがイイと思うけどぉ――」



「――――――――は? ……えっ?」



「? 栄海っち、どしたー? もしかして、怪文書とかヤベータイプの?」


 佐々原さんの声が遠くに感じるほど、眼を見開いて絶句していた奈子が――何度か手紙を、まじまじと、真剣に読み返して。


 ―――座っていた椅子から、ガタッ、と勢いよく立ち上がり。


「―――す、すいません佐々原さん、用事が出来たので、私、行かなくちゃ!」


「おっ、おおっ!? めっちゃ慌ててっけど、ダイジョブ!? ついていこっか!?」


「だ、大丈夫です! これは、私だけで……と、とにかくっ……また明日~!」


「お、おおー!? また明日ね~!? ……す、すっごい勢い……」


 机の横にかけてあった鞄をひったくるように掴み上げ、珍しい駆け足で去っていく奈子を、残っていた他のクラスメイト達も驚いて見送る中。


 佐々原さんだけは、少しだけ腑に落ちたように呟く。


「〝全く全然これっぽっちも〟〝ナイですから〟〝これはそういうんじゃナイ〟〝絶対ナイ〟……か。栄海っちがあんな、必死に否定するなんて……初めてジャン♪」


 窓の外、サッカー(球技の方の)に励む生徒たちを見て、くすっ、と佐々原さんは口元を緩める。


「―――青春だね~☆」


「―――マジそういうんじゃないですから、やめてくださいね佐々原さん?」


「ウオッびっビビった!? わ、わざわざ戻ってきてまで釘を刺すほど!? てかよく聞こえたね!? もうホント、なんかいつもと全然違うしー!?」


「絶対ですよ、ゼッタイ勘違いすんなですよ!? では今度こそ、また明日~!」


 釘を刺し終えて、改めて奈子は―――走った。


 手紙の主が、指定した場所へと。



 ▼ ▼ ▼


 奈子自身の二学年のクラスが居並ぶ廊下を、足早に走り抜け――


 別棟にある校舎への渡り廊下を、スカートがひるがえるのも気にせず、風のように駆けていく。


 ほとんど移動教室や、一部の文化系クラブが使用するだけの校舎で、空き教室も多い。


 そんな第二校舎の階段を、飛ぶように上がっていき。


 人っ子一人いない廊下を、自身の影さえ置き去りにするような勢いで、進む。


 そうして、ようやく立ち止まった奈子が、ついに一つの空き教室に辿り着くと。


 引き戸の扉を、ばんっ、と音がするほど勢いよく開き。


「はあっ……はあっ……」


 艶やかな黒髪が乱れていても、直すこともせず、息切れする奈子が目にしたのは。


 放課後の、夕陽に照らされる室内に、あの日、初めて出会った時のように佇む――長身の偉丈夫。


 入室した奈子に気付いたのか、彼はゆっくりと振り返り――サングラス越しに奈子を見つめ、低く響く声を送った。



「――――久しぶりだな、奈子」


「――――ッ!」



 今、あの激戦を――サッカー大会(袋詰めする方)を共に勝ち抜いてきた、二人が。


 選手とコーチ――即ち師弟が再会し。


「………ふ………」


 奈子が、肩を震わせながら――敬愛すべきコーチに告げるのは――!



「―――不法侵入で今すぐ通報だぁぁぁぁぁ!」


「奈子ーーーーーっ!? なぜなんだ奈子!?」


「なぜもへったくれもありますか当たり前でしょう!? ていうか私の机に手紙を入れたってことは、いつの間にか教室にも入ってきてたんですか!? いよいよですよ、いよいよ警察沙汰ですよもう!?」


「何だか知らんが誤解がある! 説明をさせてくれ奈子ーーーっ!?」


「うるせーーーーーっ!!」



 …………………………。


 師弟の感動的な再会である!!!(三日ぶり)

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