第30話 サッカー(袋詰めする方)→日常へ――けれど、奈子は。

 つい先日、二日に渡って行われた、あの激戦の大舞台――サッカー大会(袋詰めする方)を終えてから、三日ほど経ち。



 普通の女子高生を自負する栄海さかみ奈子なこが、その日の授業を終えた放課後、帰宅もせず自分の席で頬杖を突いている。


「…………はぁ」


 ここ最近では数え切れないほどの、奈子の溜め息――頭をよぎる思いは。


(……あの異常な濃さの、サッカー……もとい袋詰めする人たちの変な大会が、二日……たった二日の出来事……もう今までの人生でも有り得ないほど、ツッコミ記録を更新した気がするけど……)


 物思いにふけながら、再度「はあ」とため息をついてしまう奈子。



 ――大会後の動向に関して、いくつか補足しておくと。


〝なんか思ってもみなかった賞金をゲットしてしまった〟奈子だった、が。

 後になってやはり少しばかり怖くなってきたこともあり、サッカーという世界(袋詰めする方)に引きずり込んだ張本人であるコーチ、つまり木郷晃一と折半せっぱんしようとした。


 が、晃一の答えは、次のようなものであった。


『不要だ――俺は別に報酬を求めてコーチを務めている訳ではない。それは大会を戦い抜いたキミが、全て受け取ればいい』


〝じゃあもう本当に何が目的でコーチとかしてるんですか〟と、逆に怖くなる奈子。

 いっそ利益目的とかでもいいから明確な目的が欲しかった、とすら思っているようだ。


 ただ奈子は、内気で気弱――そう、内気で気弱! なので、いきなり無駄遣いとかはせず、将来や家族のために賞金は貯金している。

(当日の夕食は、いつもより豪勢にしたらしいが)


 ガチで振り込まれていた賞金総額にも、少し頭を抱える奈子……だが、思わずため息が出るような悩みは、あれからの日常生活にも原因があった――



 ▼ ここ最近の買い物の回想 ▼


(ふう……数日分の買い物は、終わり……今日の晩御飯、何にしましょうかねー。一週間前に作ったハンバーグ、妹たちから評判よかったな……今なら家計にも充分すぎるほど余裕がありますし、せっかくだから良いお肉で――)


 会計を終えた奈子がぼんやりと考えつつ、とん、とサッカー台に買い物かごを置いた――その瞬間。


〝ストリートファイト形式があるのは周知の事実……!〟(※第23話参照)


『――――――ッ!』


 つい最近、実況の発言から初めて知った、サッカー選手(袋詰めする方)の奇特な生態が頭をよぎり――奈子が周囲に注意を払うと。


『?』『?』『?』


 同じくエコバッグに袋詰めする主婦のお歴々から、キョトン、とした顔で注目されてしまう。


 顔を真っ赤にした奈子が、慌てて目を伏せて思い直す。


(わ、私ったら、何をっ……ああもう、自分の無駄な記憶力が憎いっ。そもそもあの変な大会に出るまで、ストリート……いえ店の中だからストリートでもないですし、とにかくそんな変人に遭遇したことないじゃないですか! 変なこと思い出してないで、早く帰ろ――)


『――……オーオー……――』


『!!?』


 聞こえてくる声に、バッ、と奈子が勢いよく振り向くと、そこには――


『―――オォーンッ! ねえねえママ、アレ買ってよオ~っ! サッカー選手(球技の方)のカードが同梱されているチップスを、いつか未来のファンタジスタを夢見るサッカー少年のぼくに買ってくださいよォ~オ! オーオーオオーーーンッ!』


『全くもう、将来的な年棒などはどれほどの見込みがあるというの!? その額次第ではママ、先行投資もやぶさかではないと踏んでるんだからねっ!?』


(……そ、そうですよね、あの変な歓声を思い出して……いやあの親子も変だな。なんか私が知らなかっただけで、変な人しかいないのかな、この辺)


〝はあ〟と、正統な溜め息が漏れてしまう奈子が、もうとにかく持参したエコバッグに商品を詰めてしまおう、と改めて買い終えた商品に手を伸ばし。


 ―――その時、に、気付いた。


『? あれ、エコバッグ、のに………ひっ!?』


 会計を終えた商品が入っている、買い物かごの、一番上に―――


 奈子が、間違えて頼んだのだろうか、今や有料のはずの、それが。



 ―――大きなが、あったのだ―――



『っ……そ、そんな、私……無意識のうちに……っ―――!?』


 いつの間にか、あの死ぬほど濃かった、サッカーの世界(袋詰めする方)が。



『―――あっお客様! あのすいません、さっき間違えてレジ袋を一緒に入れちゃったみたいで――』


『いっ……いやあああああっ!!』


『お客様!? どうしたんですか何があったんですかお客様~~~!?』



 ―――奈子の日常に、侵食しているのかもしれない―――



 ……あれコレ、ホラーな話だったっけ……。


 ▲ 回想終了 ▲



「……はあ、あの時は、めっちゃ恥かいちゃった……」


 溜め息の原因は、まあその辺が大きいのも確かだが。


 それにしても、と奈子はスマホを取り出しつつ、ぶすっ、と表情を顰める。


(……ていうかアレから、コーチさん一切の連絡もナシって、どういうことですかね!? コーチじゃなかったんですか? 大会が終わったら、もう用無しってことです? まあ別に賞金とかが目的じゃなかったみたいだから、本当に動機不明で怖いんですけど……でも少しくらい、連絡か何かあっても良いのでは!?)


 ちなみにそんなことを思う奈子からも、連絡している訳ではない模様。


 何というか〝こっちから連絡したら負け〟のような気がしているらしい。女心とは、かくも複雑なのである。


 ……ちなみに霧崎きりさき氷雨ひさめとは、例の大会の帰り道、本当に連絡先を交換しており。


(……あ、氷雨さんからメッセージきてる……〝元気?〟って。えーと、〝元気ですよ~、氷雨さんは?〟っと……うわわ返信が早い……〝アタシも元気〟か……う、うん……それは、良かったです……)


 ちなみにデフォルトのやり取りがこういう感じで、奈子からメッセージを入れた時は、ほぼ即座に既読がつく。

 とはいえ感嘆符や絵文字なども一切ないので、ちょっぴり気になった奈子が、文面に気を遣いつつ少し踏み込んでみた際は――


〝氷雨さん、楽しいですね♡〟

〝すっごく楽しい〟


 ……とのこと。


 何がとは……何がとは言わないが、ちょっぴり心配になる奈子。

 今度、実際に会ってお茶しながらお喋りするなど、コミュニケーションをつちかっていこうと考えている模様。さすが、内気で気弱だが心優しい。よかった。


 まあそれはそれとして。


「……ふう。……なんだかなぁ」


 何かモヤモヤとした思いが晴れず、奈子がため息を吐いている、と。


 その時―――彼女の背後に近寄る、何者かの影が―――!

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