第17話 氷をも溶かす、女帝の憤怒を相手に――放心の奈子、勝負の行方は――!?

『オーオー♪ オーオオー♪ オオッオー♪』

『オオーッ……♪ オーオオー♪ ……オオオー♪♪』


 ほぼ満員の観客席から響く、それはもはや、ただの叫び声ではない――サッカー選手(袋詰めする方の)を称える、応援歌の如くであった。


〝ワーワー〟と叫んでいた一回戦当初からは結び付かないほどの、一糸乱れぬ行進曲のように――そう、進化するのは戦場に立つ選手だけではない、観客までもが成長していく。



 それこそが――このサッカー(袋詰めする方の)という世界の熱さなのだ――!



 そして今、息の合った観客たちの声が降り注ぐ中央にあるのは、激戦が繰り広げられてきた戦場、そしてラストステージとなる大舞台、そう。



 ―――だ―――



 文字通り決戦を前にして、会場のボルテージが最大限に高まる中、実況の声がマイク越しに響く。


『オーオー♪ ……お待たせ致しました皆様! 実況は〝どうせなら実況も女の子の方がいいな~〟ことジェーン・カピバラが……喉ブッ潰れてリタイア致しましたので、代わってワタシ〝元気だな~〟の異名を持つジュン・加美羅カビラが務めさせて頂きます! 解説の澤北さわきたさん、今日はよろしくお願いしま~すっ!』


『ハイどうも』


『ちなみにリタイアしたジェーン・カピバラ氏から〝ま、まだよ、ケホッ……まだ、わたくしはやれる……! けっほけほ〟とのお声を頂いておりますが、澤北さん何かありますでしょうか!?』


『大変ですね』


『ハイ、コメントありがとうございます。さて、コホン……さあサッカーファンの皆様お待ちかね、ついに、ついにっ……決勝戦の始まりでェェェッす!! もはやダークホースとは呼べません、一回戦では《鉄壁の守護者》を降し、二回戦では《暴威の大嵐》を倒し、両者を病院送りにした女傑じょけつッ……何と今大会が大会初出場! 飛び入り参加のツッコミ無双の女子高生・栄海さかみ奈子なこ選手の入場どぅおェェェェッす!!』


「………………」


『おっと珍しくツッコミがありませんね!? どうやら緊張しているのか、それとも集中しているのか――これは目が離せません! 今度こそ見逃すなよ~観客ぅ~!』


『オーオー♪』『オオッオー♪ はい。オオオー♪』『オオーオー♪』


「………う~~~~ん………」


 自身の戦場――即ちサッカー台の前に立つ奈子だが、やはりおかしい。完全に、心ここにあらずといった様子で、考え事を続けている。


 しかし時は待ってなどくれない、続けて実況は奈子の決勝戦の相手の名を叫ぶ。


『そして、そして皆様お待ちかねッ……一年前にサッカー界(袋詰めする方の)に現れた新星、君臨せし女帝、凍える絶対零度の眼差しッ―――《氷結女帝ブリザード・エンプレス霧崎きりさき氷雨ひさめ選手の、入場だあァーーーァッ! 解説の澤北さん、この大物の登場、どう思いますか!?』


『頑張ってほしいですね』


『コメントありがとうございます。さあ、さあっ――両選手、既にサッカー台の前に立っております! 決戦の火蓋は切って落とされる直前ッ……しくも両者、女子高生らしいという――美しき対決の結末は、どうなってしまうのか――ワタシも観客の皆様と共に、見届けると致しましょう!』


 実況からのコメントが途切れ、相対する両選手の間に立つ審判が声を上げる。


『さあ両選手、準備はいいか!? 試合形式は従来通りのファーストバッグ制だが、今回の商品形式はアイシングスタイルでフォールダウンだ、理解しているな!?』


「ふん……分かっているわよ、それくらい。アイシングスタイルは冷凍食品のみで商品を構成するスタイル、だからこそ商品が溶けて崩れないための試行錯誤に加え、迅速さも求められる、上級者向けの試合形式……サッカー選手(袋詰めする方の)なら常識ね」


『うん、その通りだよ霧崎氷雨選手、説明の手間が省けて助かります、しっかり理解しててエライね♪』


「アッハイ。……知らない人にいきなり話しかけられた、怖い……」


 まるでコミュニケーション能力に不安があるかのように、明後日の方角を向いて軽く震える氷雨。


 一方、審判は奈子の方にも声をかける、が。


『栄海奈子選手は大丈夫? 何か分からないこととかあったら、何でも聞いていいよ? 試合、始めちゃってもいいかな?』


「………あ、はい、そうですね。…………」


『う~ん、なんか心配だな。審判、心配。もう少し待ってようかな。客? 待たせとけばイイんじゃないかな。大丈夫だよ多分』


 オイ審判。


 ……と、いまいち反応の薄い奈子の様子を見かねたのか、声をかけたのは対戦相手の氷雨だった。


「ふん……そんな調子で大丈夫なのかしら。ちゃんと試合になるの? 手加減なんて、しないわよ、アタシは。たとえ、その……奈子が、と、友達だからってね!」


『!? おおーっと、霧崎氷雨選手と栄海奈子選手は、どうやら友人同士の関係の模様! 驚きました、ワタシ実況のジュン、驚きましたーっ! 何という運命のイタズラ、友人同士が激突することになるとは! しかしこれも残酷なまでに過酷なサッカー選手の宿命! 今、果たして何年来かの友情が激突しようとしている――!』


 一来の友情です。


 だが、そんな深~い友人関係にある氷雨の言葉を受けた、奈子はといえば。


「…………………」


「!? なっ……このアタシを、まさか……無視しているの? 奈子、アナタ……ッ! そう……そういうことなのね……!」


 ギリッと歯噛みした氷雨が、咆哮によって憤怒を露にする。


「アタシを―――裏切ったのね!? 人のコト名前で呼んで、親しくしておいて……無視するなんて! よくも……よくも裏切ったわね……裏切ってくれたァァァ!」


『! おおおーーーっと何やらとんでもない因縁がある模様ゥゥゥ! 盛り上がってきましたッ……この決勝戦、最高に盛り上がってきたと実況ジュンが叫ばせて頂きますゥゥゥ! 解説の澤北さん、どう思います!?』


『栄海選手なんか上の空ですし、聞こえてないだけじゃないですかね』


『フフッ♪ ……さあ因縁と共に今大会で最高潮の盛り上がりを見せる決勝戦、今、今こそっ……火蓋が切って落とされようとしているゥゥーーゥッ!』


 実況の叫びと共に、観客たちの興奮も煽られ、選手たる氷雨もまた――


「さあ……さっさと始めなさい! この試合、アタシを裏切った奈子……いいえ栄海奈子を徹底的に潰して、再起不能にしてあげるわっ!」


『うーん、いいのかな。でも栄海奈子選手もさっき返事はしてたし、霧崎氷雨選手もやる気満々だし……よーし、じゃあ審判、開始の合図を出しちゃうぞ! ……両選手、準備はいいかっ!?』


 審判が堂々たる立ち姿で、ついにホイッスルを構え、そして――


『3・2・1……スウッ………ピイィィィィィッ!!』


 何と、ホイッスルを、吹いた―――ちゃんと吹いた―――!


 そうしてついに始まった決勝戦、氷雨が買い物かごを掴み、冷凍食品を保存したショーケース風の冷凍食品棚に走り寄る。


「見ていなさい、栄海奈子ッ……そして木郷きざと晃一こういち! このアタシを師弟揃って裏切ったこと、必ず後悔させてあげるわっ……このアタシの――必殺のサッカー(袋詰めする方)で!」


 一方、同じく決勝戦にのぞむ、栄海奈子は。


「………………」


 サッカー台からは離れたが、冷凍食品棚へ向かう足取りは、明らかに遅く。


(……氷雨さんに言われた、コーチさんを、どう思ってるのか、って……なんなんですか、ホントなんなんですか、この超難問……うう……ううん……?)


 それは昨晩の舌戦の影響か――いや、《氷結女帝》たる氷雨のこと、あるいはこれすら策略だったのではないか――何たる深謀遠慮、恐るべし《氷結女帝》――!


「……それにしても奈子、何だか様子がおかしいような……っ、別に心配なんてしてないわっ! アタシは裏切り者を、徹底的に叩き潰すだけだもの! ふんだっ!」


 何か気になることもあるようですが、気のせいだと思います。


 さて、そうは言っても、試合は既に始まっており――にもかかわらず、奈子は。



「……う゛うぅ~~~~~ん……?」



 いまだ、深い懊悩おうのう渦中かちゅうにあり――商品を買い物かごに運ぶ手も、遅いのだった。

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