第9話 控え室のシーン別にいらないな……よし、じゃあ《暴威の大嵐》――荒れ狂う嵐の破壊力――!(前編)

『オーオー……オーオー! オーオーオー!!』

『オーオー! オーオーオー……オオオー!!』


 ほぼ満員の観客席は、既に歓声を上げており、誰も彼もが『オーオー!』と叫んでいた。


〝ワーワー!〟からの、この進化――今まさに戦士を、即ちサッカー選手(袋詰めする方の)を迎えるための、儀式と呼んでも過言ではないだろう。


 そう、観客席の囲う真ん中に、堂々たる威風いふうかもす、その場所こそが。



 ―――サッカー台だ―――



 戦場を前にして、会場の熱気が高まる中、実況の声がマイク越しに響く。


『オーオー! ……さて、実況は〝喉の酷使無双〟ことジャン・テキーラが……喉ブッ潰れてリタイア致しましたので、代わってわたくし〝どうせなら実況も女の子がいいな~〟の異名を持つジェーン・カピバラが務めさせて頂きます。解説の澤北さん、今日はよろしくお願いします』


『ハイどうも』


『ちなみにリタイアしたジャン・テキーラ氏から〝まだだ、ゲホッ……まだ、私はやれる……! ゲホゲホッ〟とのお声を頂いておりますが、澤北さん何かありますでしょうか』


『大変ですね』


『ハイ、コメントありがとうございます。さて、コホン……さあサッカーファンの皆様お待ちかね、第二回戦の始まりだァァァ! 出場者、まずは東陣から現れたるは、何と四天王の一角たる、あのディフェンスに定評があると目されていた《鉄壁の守護者》をくだした、今大会のダークホースッ――美少女女子高生・栄海さかみ奈子なこ選手の入場でェェェェす!』


「前の実況の人、無意味に〝ワーワー〟言ってたから喉がれたんじゃないですか? そしてこの調子だと、新しい人も危ないな……あと私、別に美少女とかじゃないんでやめてください」


『女子高生・栄海奈子選手の入場でェェェェす!』


「あっこちらの要望が通ることもあるんですね、ありがとうございます。……ていうか良く聞こえますね、会場ずっとワーワー……いえオーオーうるさいのに。まあオーオーになったからって、何の違いがあるのか知りませんけど……」


 登場から容赦なくツッコむ奈子、二回戦目にしてこの貫禄、さすが未来の《サッカーの女王》といえよう。


 一方、続けて実況が呼ぶのは、奈子の対戦相手たる大男。


『そして西陣から現れたるは! 栄海奈子選手と同じく、《四天王》の一角である《激情の大門》を撃破し、勝ち上がってきた……その破壊力たるやまさに荒れ狂う嵐の如し! 人呼んで《暴威の大嵐》選手の入場でェェェェす!!』


「ぐわーっはっはっは! テンション上がってきたぜェェェェェ!」


「まだ上がるんですか、テンション。血管が切れればいいのに」


 奈子のツッコミは容赦ないが、内気で気弱だ。とにかく内気で気弱なんだ。


 ……さてとにかく両選手が、互いに一台ずつのサッカー台を挟んで向かい合うと。

 いかにもむさ苦しい《暴威の大嵐》が、薄ら笑いしつつ舌なめずりする。


「へっへっへ……一回戦を勝ち上がってきたのが、まさかこんなナヨナヨした小娘とはなァ? 残念だがパワーが違いすぎて、お嬢ちゃんじゃァ勝負にならねぇゼェ? さっさとリタイアして……オレっちの優勝を祝うため、手作りお弁当の一つでも作ってくれるべきでは?」


「死んでも絶対イヤです(本日三度目)。……あとロクにコーチングしてくれてないコーチさんが言うには、サッカー(袋詰めする方)はフィジカルが全てではないそうですけど」


「ぐわーっはっはっは! 力のェヤツぁ大体みんなそう言うのさァ! 持たざる者の遠吠えがキモチイイぜェ~! このオレっちに大層なクチ利いてくれたこと、後悔させてやるぜェ~!」


《暴威の大嵐》が大笑いした、その直後――両選手の対面は終了したと判断したのか、審判が試合を開始すべく直前の確認に入る。


『両選手、準備はいいか!? 試合形式は従来通りのファーストバッグ制、そして今回の商品形式はフリースタイルだ! わかったか!!』


「ぐわーっはっはっは! そんなモン言われるまでもねェぜ! とっとと始めやがれってんでいッ!!」


『黙れ。汚い口をコッチに向けるな。踏み潰すぞ』


「ひっ……す、すいませェん!」


『次、審判に似たような口を利いたら即退場だ、二度目はないからな。……ところで栄海奈子選手、大丈夫? 何か分からないこととかある?』


「あ、えっと……フリースタイルっていうことは、商品は何でも良いんですよね? 総重量5㎏以上なら」


『うん、その通りだよ。察しが良いし、前に言ったことも覚えててエライね♪ それじゃ、頑張ってね♪』


 だから態度。


 とにかく、こうして準備が整い――今まさに審判が、ホイッスルを構え。


『では、始めるぞ……3・2・1……フッ、フヒュッ、ヒュー。……3・2・1、ピィィィィィィ!!』


『おおーっと、ついに審判の指笛が鳴らされたァ! 試合開始だァァァ!!』


「いえ最初、口笛を鳴らそうとしてましたよね? 上手く鳴ってなくて、結局は指笛にしちゃったみたいですけど。そこまでするなら、素直にホイッスルを鳴らせば……とかツッコんでる場合じゃないんですってば! え、えーと、フリースタイルって言われてもな……適当に選ぶ以外ないんじゃ……」


 ツッコんでしまったせいか、かなり出遅れてしまう奈子。そんな彼女に、観客たちの反応は。


『おやおや、一回戦を勝ち抜いたダークホースというから、どれほどの実力かと思えば……見所みどころは可愛らしい女子高生ということくらいですかねェ? ああも出遅れてしまうと、《暴威の大嵐》の一方的な攻勢で終わりそうですな。何せあの大男のスタイルは……超攻撃型ですからな……!』


『いや……あるいはそれも、《暴威の大嵐》の何らかの策略では? なるほどさすがは一回戦を勝ち抜いた猛者もさ、パワータイプに見えて、それだけが武器ではないようだ』


『なるほど、栄海選手は審判に戸惑っていただけに見えましたが、そんな裏が……図体の割には姑息こそく、されど戦いにおいて卑怯も武器の内、ということですか……!』


《暴威の大嵐》は「?」という表情をしているが、まあ〝《暴威の大嵐》=卑怯〟というレッテルは一方的に張り付けておくとして。


 商品をサッカー台に並べた大男が、「押忍!」と格闘家の如く気合を入れると。


「フヒュウウウ~……おおしッ、行くぜ……行くぜ行くぜ行くゼッ! ウオリャアアアアア!!」


 叫びながら、《暴威の大嵐》が繰り出す手の勢いは――商品を掴むような様相ようそうではなく、まるで正拳突きでも放つかのような、速度と力強さであった。


 およそサッカー(袋詰め)とは思えない光景だが、実況は慣れたものという様子で、その光景を言葉にして表す。


『おおーっと! 出ましたこれぞ《暴威の大嵐》の代名詞ィ! 商品を素早く掴み、力一杯にレジ袋の中に叩き付ける! だが意外とこれで商品は壊れない! まるで格闘技の如く繊細に、かつ的確に技術を駆使しているからなのか、そうなのか――!? 解説の澤北さん!?』


『そうなんですかねぇ』


『なるほど、ありがとうございます! これぞ《暴威の大嵐》、恐るべき攻勢! 対戦相手はこのまますべも無いッ、超攻撃的サッカー(袋詰めする方)スタイルだァーーーッ!!』


 実況のマイク越しの声が響く中、ドン、ドン、ドン、とレジ袋からもあるまじき音が響くも――ニヤリ、《暴威の大嵐》は更に笑みを深め、言い放つのは。


「ぐわーっはっはっは! オイオイ、このオレっちがこれしきの、ちゃっちいプレイで終わると思ってんのかァ……? 甘いんだよオオオオ!!」


『!? 何と《暴威の大嵐》選手、その発言の意図とは!? 一体、何をする気なんだァ――ッ!?』


「へへへ、見せてやるぜェ……一回戦の《激情の大門》には出すまでも無かった、オレっちの大技……見よ、これがァァァァ!!」


 瞬間、両手いっぱいに商品をかき集めた《暴威の大嵐》が――跳躍、まさかの跳躍をした――!?


 その巨体が宙を舞う恐るべきフィジカル、呆気にとられる会場内のほぼ全員に、更に満足そうに笑みを深めた《暴威の大嵐》が――


 ――――その両手に抱えた商品を――――!



「これぞ、この《暴威の大嵐》様の必殺技――――

 ――――《大嵐ハリケーン》だアアアアア!!!」



 何と空中から――次々とレジ袋へ向けて、投げ込み始めた――!!


 飛翔する商品から窺えるパワーとスピードだけではない。その恐るべき正確さで、投げつけられた商品は、次々とレジ袋へ吸い込まれるように向かって行き。



 そして―――――ッ!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る