　それからぼくはゆっくりと堕ちて行った……下へ、下へ、と。

　無明の闇の中、億千万の地獄の其々が、まるで宇宙に浮かぶ星のようにキラキラと輝いて見えた。

　下へ、下へ。イスラエルが見える……パレスチナが……ロシアとウクライナが戦っている……。

　ジョージア戦争が……エチオピア内戦が……中央アフリカが、南スーダンが、イエメンが。中国とインドが国境付近で争っている。前後左右、どこを見回しても、人間はいつの時代も戦争している……。

　サヘル騒乱。マリ騒乱。リビア内戦。イラク内戦。ダルフール紛争。イラク侵攻。アフガニスタン侵攻。9.11……平和の祭典は四年に一度しか開かれないが、どうやら戦争の災典はその限りではないようだ。

　東ティモールで。スリランカで。チェチェンで。コソボで。ユーゴスラヴィアで。コンゴで。ルワンダで。シエラレオネで。ソマリアで。イラクの、クェート……湾岸戦争で……出発地点からまだ半世紀と経っていない。それでも、ありとあらゆる殺戮の歴史を見せられたぼくの目は、とうの昔に真っ赤に染まってしまった。

　フォークランド紛争。サッカー戦争。レバノン内戦。キプロス紛争。西サハラ紛争。アンゴラ内戦。モザンピーク内戦。ビアフラ戦争……あまりに戦争の数が多過ぎて、全てを把握することはもはや不可能だった……スーダン内戦。チベット侵攻。バングラデシュ独立戦争。インドパキスタン戦争。アルジェリア独立戦争。戦争。戦争。戦争。

　下へ、下へ、下へ。

　パナマ侵攻。オガデン戦争。グレナダ侵攻。コロンビア内戦。イラン・イラク戦争。イスラム革命。中東戦争。中越戦争。カンボジア内戦……戦争をしていない時期を探すのが難しい……ぼくはたぬき先生の言葉を思い出していた。やっぱり、戦争と戦争の間にあるのは……ベトナム戦争。インドシナ戦争。キューバ革命。ハンガリー動乱。朝鮮戦争。ベルリン封鎖……。

　下へ、下へ、下へ。

　そして第二次世界大戦……ぼくは思わず笑ってしまいそうになった。ここまで下へ降りてきて、まだ第二次世界大戦も終わってなかったのだ。一体『教訓』とは何だろう？　明日から辞書の『教訓』の欄は、「気にせずやっちまおう」の意味に書き換えなくてはならないだろう。

　日本降伏、ドイツ降伏、イタリア降伏。軍事力世界ランキング8位の国が、戦争の放棄を謳っている。沖縄戦。インド侵攻。日中戦争。独ソ戦。東南アジア侵攻。太平洋戦争……ぼくの頭上で足元で、那由多の戦争が瞬く。地球は青かったが、世界は赤かった。世界中のありとあらゆる大地が、人々の真っ赤な血で染まっていた……ポーランド侵攻。スペイン内戦。エチオピア戦争。満州事変。

　第一次世界大戦……ロシア内戦。無制限潜水艦戦。青島攻略戦。アラブの反乱。西部戦線。東部戦線。セルビア侵攻……ぼくは驚いた。まだ百年かそこらだ。戦争の歴史は、まだ始まってすらいなかった。人類がこの地上に誕生して以来、累計およそ1080億人の人々が、その誰一人として、戦争を無くせやしなかった……ぼくは必死に目を凝らし、探（・）し（・）た（・）。

　　下へ、下へ、下へ。

　地獄が加速していく。南北戦争。アメリカの開拓（フロンティア）。ナポレオン戦争。アメリカ独立戦争。関ヶ原。征服者（コンキスタドール）。十字軍。ノルマン遠征。ポエニ戦争。アレクサンドロスの東方遠征……ど（・）こ（・）に（・）も（・）い（・）な（・）か（・）っ（・）た（・）。どこにいるのも、普通の人間ばかりだ……織田信長も。チンギス＝ハンも。ハンニバルも。始皇帝も。