ROUND 8

第41話 人間 vs 妖怪⑦

 日本が戦場になって数ヶ月が経った。


『空襲警報!』

 夕刻。橙色に染まった空に、けたたましいサイレンの音が鳴り響く。


『空襲警報発令! 空襲警報発令! 四時四十四分ニナリマシタ! 皆様、襲撃ニ備エテクダサイ! 繰リ返シマス、四時四十四分ニナリマシタ、空襲警報発令……』


 とはいえ道行く人々は、誰も慌てる様子もなかった。もはや何処にも逃げ場がないことを悟っているのだ。街の景色もすっかり様変わりしていた。かつては事細かに情景描写が必要だった街並みも、今や瓦礫、瓦礫、焼け野原、瓦礫……とこれだけで済む。白黒になった路上を、ぼくはとぼとぼと、行くあてもなくさまよっていた。


 今やいるかちゃんとも、他の友だちとも離れ離れになってしまった。逃げられるものは出来るだけ遠くに逃げるよう、集団疎開が始まったのだ。とはいえ全員が逃げたわけではない。ぼくの家のように、地元に残る人も少なくなかった。どうせが暴れ出したら、地球上のどこにいようが関係ないのだ。生まれ育った土地で死ぬか、見知らぬ土地で死ぬかだけの違いである。だったら無理して動きたくない……と言う人の気持ちも、まぁ分からなくはなかった。


 逢魔時。


 毎日4時44分になると、『蓋』を通じて、が異界からやって来る。どうやら他の時間帯では、まだ思うように活動できないらしく、今のところ被害はその時間帯だけに限られている。それでも世界は、ほとんど壊滅的であった。

『戦争ハ一日一時間!』

 まるでゲームみたいに、いとも容易くぼくらは殺されて行った。

 今日はあっちで何十人死んだとか、今日はこっちの街が全滅だったとか、だんだんそれが当たり前になってきて、皆感覚が麻痺して行った。数字は命ではないが、命は数字だった。たまに犠牲者の数が少なかったりすると、皆思わずホッとしたり、何なら歓声を上げたものだった。良かった、今日は6人死ななかった……。


 最新鋭の兵器も、科学技術の結晶も、数千年来の人類の叡智も、勇気も友情も愛も正義も絆も縁も努力も才能も明るさも元気も、大人が押し付けてくる前向きな何とやらも全て、の前にはまるで歯が立たなかった。なんせ物理攻撃が効かないのだからどうしようもない。人間の中には、が見えるものと見えないものがいて、今や世界は二つに分断され、意見は真っ向から対立していた。


 ある者は云う。

あれは神の怒りだ、呪いだ祟りだ……と。

人類は道を間違ったのだ、今回ばかりは負けたのだと。

 またある者は云う。

あれはただの災害だ、自然現象に過ぎない……と。

人類は絶対に正しい、今回も必ず打ち勝つと。


 そのどちらもが、結局、戦争に巻き込まれて死んで行った。

 間違っていようが正しかろうが、勝者だろうが敗者だろうが、みんな平等に殺されて行った。


 の……妖怪の大戦争に巻き込まれて。


「よぉ」

「あ……」


 瓦礫の合間を縫って歩いていると、不意に見知った顔に声をかけられた。なまはげのオッサンだった。今やカツラを被ってハゲを隠そうともしない。何だか清々しい顔をしたオッサンは、瓦礫の隅に腰掛け、ひらひらとぼくに向かって手を振った。


「今までどこに行ってたの?」

「あん? 閉じ込められてたんだよ。あの『蓋』とか言う奴の中に。俺の妖気だとか霊力だとかは、全部そこで吸い取られちまった……」

 オッサンが少し寂しそうに笑った。どうやらオッサンは、あの『蓋』の中で妖怪を育てるための養分にされていたようだ。

「それで俺ァお役御免ってワケだ。まァ、世の中がこんななッちまったら……もう良い子とか悪い子とか関係なく、みんな殺されッちまうもんな」

「なまはげさん……」

「もう終わりだよこの国は」


 オッサンが短いタバコに火を点けて嗤った。


「そんな……ぼく、まだ生まれたばっかりなのに」

「知るかよ。俺ァ、もう1000年くらいいるからなァ。別に終わろうがどうなろうが知ったこっちゃねぇや……もう十分愉しんだし」

「ずるい……自分だけ……どうにかならないの?」

「なるもんか」


 空に轟音が響き渡る。遠く向こうで、ダイダラボッチとキュクロプスが殴り合っていた。


「同じ人間同士でも分かり合えないのに、あんな化け物同士の戦争、止められる訳ないだろ」

「コックリさんは何処に行ったの?」


 ぼくはずっと気になっていたことを尋ねた。オッサンは肩をすくめた。


「アイツなら、まだ『蓋』の中だよ」

「え?」

「アイツは元々妖気が強かったからな。今も、新たな妖怪を生み出すために、『蓋』の奥深くに閉じ込められてんのさ」

「そんな……!」


 気がつくと、ぼくらの周りにいつもの面々が集まってきていた。トイレの花子さん、死神のこいしさん……。


『※※が! 正義棒金属バットさえ取り返せばなあ! アイツら全員殴り※してやるのに!』

『私たちも、あのたぬきさんに霊力を取られてしまいました……死神の鎌を奪われて、私も今ではただの神に過ぎません……』

「ただの神」

「グレードアップしてるじゃねぇか」

「でも……じゃあ、もしコックリさんを助け出したら、これ以上妖怪は……!?」

「やめとけ、悠介」


 ぞろぞろと、蠍人間と、蛇男も姿を現した。


「助けに行こうだなんて考えるな。あの中は危険だ。普通の人間なら耐えられねえ……」

「そうだよ。ぼくらでさえこんなになっちゃったのに、悠介ごときにどうこうできるワケないだろ」

「力も弱いくせに」

「頭も悪い」

「怠けものだし」

「すぐ逃げるじゃん」

「良いところないよ」

「ちょっと待って……言い過ぎじゃない? それが主人公にかける言葉か」

「それに……仮にアイツを助けたって、戦争が止まるとも限らねえ」


 オッサンが紫煙を燻らせながら天を仰いだ。


「今まで殺された奴が生き返る訳でもなし……それどころか、逆に俺たちが殺されちまうかもしれねえ。それでも行くのか?」

「…………」


 オッサンが嗤った。


「どうせまた始めるぜ……断言しても良い。妖怪なんていなくなっても、人間同士で勝手に、な。ケケケ」

「…………」

『悠介さん……』

「悠介……」

「悠介……」


 ぼくはみんなを見渡した。ハゲのオッサン。正義中毒者。ただの神。蠍人間。蛇男。確かに世界を救いに行くには少々心許ないメンバーであった。力も弱い。頭も悪い。だけど、仮にぼくらに戦争が止める力がなかったとしても、未来永劫戦争がなくならなかったとしても、戦争と戦争の間に、戦争をしている場合ではない。


「行くよ」


 こうしてぼくらはコックリさんを助けに、『蓋』の中に行くことになった。

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