ROUND 5

第23話 枕返し vs アップデート①

「だって、みんなは最新機種なんだよ」

「だから?」


 ダメだ。さっきから何度も何度も説明しているのに、さっぱり話が通じない。今月ついに新型スマートフォンが発売されたのだ。新型はカメラがなんとズーム10倍だ。良く分からないがこれはすごい。クラスメイトがみんな最新機種に乗り換えているんだから、ぼくだって同じのが欲しかった。極めて当然の帰結なのに、お母さんは何故か、ガンとして首を縦に降らなかった。


「どうしてさ!?」

「ダメなものはダメ!」


 それじゃ何の説明にもなっていない。その言い分に一体どんな法的根拠があるのか。論理的な思考のできない大人がこんなにも増えているのかと、ぼくはがく然とした。


「生意気言ってんじゃないよ。減らず口叩いてないで、勉強しなさい勉強を」

「勉強だって最新機種じゃないと身につかないよ」

「そんな訳ないでしょ。いくらカメラが何倍になったって、アンタの頭の方がそんなんじゃねえ」


 お母さんはそう言って、忙しそうに夕ご飯の支度に戻った。誠に遺憾である、非常に由々しき発言だ、一体誰に似たと思っているのか……そこまで言ったところで喧嘩になった。全く世の中間違ってる。ぼくはただ、スマホを買い替えてと言っているだけなのに!


「それでこっちに逃げて来たのか」


 次の日の放課後。

 ぼくがなかなか家に帰らずに稲荷神社でグズグズ過ごしていると、コックリさんが面白そうに笑った。コックリさんはさっきから、野良猫の腹にぽふっと体を埋めて、気持ち良さそうに目を細めていた。


「笑い事じゃないよ。今ドキ何でも、最新版じゃないとすぐに置いてかれるんだから。何でもアップデートする時代なんだよ」

「あっぷでえと?」

「何て言えば良いんだろう? 『改良する』? 『更新する』……みたいな」

「フゥム。それって良いことなのか?」

「何言ってるの」


 狐巫女が小首を傾げるのを見て、ぼくは笑った。


「良いことに決まってるじゃない。悪い部分を改善してるんだから」

「じゃが、悪いと言われる部分が無くなることが、果たして本当に良いことなのかのう?」

「へぇ??」

「そもそも置いていかれるくらい、ワシには何が悪いのか分からんが」

「だって……一人だけ話題についていけなかったら寂しいでしょ。自分だけ古いモノ持ってるの、何だか恥ずかしいし、心細いよ。ぼくだってみんなと同じが良い」


 みんながスマホで連絡取り合ってるのに、ぼくだけ矢文じゃどうしようもない。


「とにかく最新機種じゃないと。ぼくはもう終わりだよぉ! みんなの笑い者になっちゃう……これから何をしたって遅れた人生になっちゃうんだ……」


 ぼくは何て不幸な人間なんだろう。溢れる涙もそのままに、膝を抱えていると、何を云うか、と、コックリさんが鼻息荒く身を乗り出してきた。


「古いモノは全て悪いモノと、決めてかかるその先入観がまず黴臭いのよ!」

「へぇ……?」


 どうやら何かがコックリさんの琴線に触れてしまったらしい。そう言えばコックリさんも、どちらかと言うと『古い側』である。床に転がった猫がにゃあと鳴いた。


「何が『あっぷでえと』じゃ。お主らみんな、騙されておるぞ! そうやって、あれはダメこれもダメ……と、いつの間にか支配者の都合の良い世界に書き換えられて行くんじゃ!」

「ち、違うよ! そんな大袈裟な話じゃないし。何だよ支配者って……ドラマの見過ぎだろ」

「果たしてそうかのう」

「え……」


 コックリさんがニヤリと笑った。八重歯が光っていると言うことは、また何か良からぬことを企んでいるのだ。ぼくは不安になった。お人形みたいな姿をしているが、こう見えても彼女は齢数百年の大妖怪に違いない。その気になれば、エロイムエッサイム的な妖術でとんでもない神通力を起こせるはずだった。


「良いだろう……そこまで云うのなら」

「え?」

「悠介、お主、明日いるか殿をデートに誘うのじゃ」

「えぇっ!? で、でで、デート!?」

 

 途端に真っ赤になったぼくを見て、コックリさんが呵呵と笑った。外はもうすっかり日が落ち、遠くの方でカラスが鳴いている。社の壁に、長々と伸びた狐巫女の影がゆらゆらと妖しく揺らめいた。


「それもただのデートじゃないぞ。『アップデート』じゃ! 『アップデート地獄』じゃ!」

「ア、アップデート地獄??」


 何だか嫌な予感がした。大体コックリさんが張り切っている時には、ろくなことにならないのだ。

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