第3話 コックリさん vs chatGPT③
誰もいないことを確認して、ぼくは空き教室に滑り込んだ。額を汗がダラダラとこぼれ落ちるが、今は気にしている余裕はない。31日分、31ページ。締め切りは後数分。原稿料はなし。それが国語算数理科社会、ついでに絵日記まであるときた。全く、自分の計画性のなさに呆れ返るばかりである。
幸いぼくにはタブレットにこっそりインストールしておいたチャットGPTがあった。答えを解くだけなら数秒とかからないだろう。問題は書き写せるかどうか……どれか一つだけでも終わらせておけば、まだ心象は悪くない。ぼくはランドセルからタブレットを取り出した。
「あれ?」
「んあ……?」
タブレットを取り出した……つもりだったのだが、ぼくの右手が触ったのは、硬いタブレットの画面ではなく、何だかふわふわとした、柔らかい動物の毛だった。
「もう朝かの……?」
「う、うわぁっ!?」
カバンの中からぴょこんと黄金色の耳が飛び出してきて、ぼくは思わずひっくり返りそうになった。
「あ……あ!?」
「ん? どうした? そんな潰れたジャガイモみたいな顔しおって」
そんな……あれは夢じゃなかったのか!?
眠たそうな目を擦りながらランドセルの中から現れたのは、昨日見た悪夢に出てきた、あのきつねの少女だった。夢で見たのと同じように、赤と白の袴姿をしている。なんてこった、ぼかぁタブレットと間違えてしゃべるきつねのぬいぐるみを持ってきてしまった。
「……いやそんなワケないよね!?」
「うるさいのう……何じゃ? どうした?」
「ぼくのタブレットは!?」
ぼくはぬいぐるみに向かって叫んだ。どうしよう。チャットGPTがないと、宿題が終わらない。ぼくがダラダラと汗を流していると、きつねのぬいぐるみは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「ふん! あんなものは捨てた」
「え……ええ!?」
「ダメじゃダメじゃ、あんなものに頼っちゃ! よく分からない機械に答えを出してもらおうなど、自分のためにならんぞ。偉い人もそう言っておる」
「し、知らないよそんなの! それよりこっちは宿題が終わってないんだよ!」
「そりゃお主のせいじゃろ」
「そんな……」
ぼくは途方に暮れてしまった。このぬいぐるみ、なんてことをしてくれるんだ。タブレットを捨てるだなんて。八方塞がりだ。もう終わりだぼくの人生は。みんなAIに正解を教えてもらってるのに。ぼくだけ、生成AIに答えを出してもらえない人生なんて、ぼくはこの先どうやって生きていけばいいんだ。
「どうしてくれるんだよ……!?」
「ふむ。まぁ、助けてやれんこともない」
「え?」
ぼくが顔を上げると、ランドセルの中から、きつね耳の少女がニヤリと笑った。
「何と言ってもワシは由緒正しき稲荷神じゃからな! ワシに知らないものは恐らくない」
「はぁ……?」
「コックリさんコックリさんお願いします教えてください、と床に頭を擦り付けてお願いするらば、その宿題とやら、解いてやらんこともないぞ」
「コックリさん?」
ぼくは首を捻った。
「何それ?」
「は?」
今度はきつねの少女がポカンと口を開ける番だった。
「し……知らんのか? 冗談じゃろ? ほれ、コックリさんじゃよ。コックリさん」
「知らないよ。何それ。新手のゆるキャラか何か?」
「おお……そんな!」
少女はひどく傷ついたような顔をして、いそいそとランドセルの中から這い出してきた。改めて見ても、やっぱりぬいぐるみにしか見えない。あの尻尾は本物だろうか?
「うーむ……まさかそこまでワシの威光が廃れているとは。これは由々しき事態じゃ」
「何か……すいません」
「仕方ない。本来ならたんまりと初穂料をいただくところじゃが」
「はつほ?」
「今回は特別に、初回限定で10円で教えてやろう」
「10円?」
「うむ。ほら、金出せ」
狐少女は左手を腰にあて、右手をずいとぼくの方に差し出した。
「え!? お金取るの!?」
「当たり前じゃろう。貴重な情報をタダで手に入れようなど、どこまで図々しいんじゃ、このガキは」
「チャットGPTは基本無料だよ」
「何!?」
「今時何でも無料が
「なんと……面妖な!」
チャットGPT、という言葉が効いたのか、コックリさんは表情に迷いの色を浮かべた。ここだ。ぼくは思いっきり肩をすくめて、大きくため息をついてみせた。
「でもさぁ……キミ本当に宿題解けるの?」
「何だと?」
「な〜んか信じられないっていうかさぁ、やっぱりまず見せてもらわないと。ちゃんと出来るって分かったら、払ってあげなくもないよ?」
「き、貴様……後で吠えずらかくなよ!?」
そう叫ぶと、コックリさんは何やら呪文めいた言葉をブツブツと呟き、
「うわ……何これ!?」
突如何処からともなく現れた白い煙が、彼女の体を包んでいった。
『エロイムエッサイム!』
「……!」
真っ白な靄の中から、太陽のような眩いばかりの閃光が迸る。あんまり眩しくて、ぼくは思わず目を瞑った。一体何が起きているのか。分からない。何かが燃えているようだ。瞼の表面をチリチリと赤い熱の舌が舐めていった。と同時に、不思議と涼しい風が顔に吹きかかる。その間にも、コックリさんはブツブツと呪文を呟き続けていた。
どれくらい経っただろうか? やがて熱いのと冷たいのが過ぎ去った頃、ぼくはようやく目を開けた。
「これは……」
ぼくは驚いた。机の上にあったのは、黄金色をしたタブレットだった。ただし、すみの部分に狐の耳と、背面にはふわふわのしっぽがついている。ぬいぐるみの少女が、タブレットに化けてしまった。
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