#20 初めて"虹"が完成した日 その⑧

一方、紫月、黄泉、橙羽の3人は、駅の近くの交差点で調査を続けていた。


百合 黄泉

『小さな子の啜り泣く声なんて聞こえないわね。誰かの聞き間違いなのかしら?

それとも駅周辺って事もあって、周囲の音に掻き消されて聞こえないだけなのかしら?』


朝顔 紫月

『全ての情報は深夜に来ているみたいだから、もしかすると、この時間帯は居ないのかもしれないね。』

 

百合 黄泉

『ここまで姿を表さないとモヤモヤするわね。

学生でなければ、出勤時間を深夜帯にしてもらう所なんだけど。』


そう言いながら、しゃがみ込んでお腹を抑える橙羽の方を眺める黄泉。


百合 黄泉

『あんた! 働くきあるの!』


日廻 橙羽

『あるよ。でもお腹が痛くて・・・。』


橙羽は、お腹を抑え痛そうな顔をしている。


百合 黄泉

『慌てて食べるから、そうなるのよ!』


日廻 橙羽

『だってお腹空いてたんだもん。』


そんな会話をしていると、紫月のショルダーバッグの中からスマホのバイブ音が微かに聞こえて来た。


紫月はショルダーバッグの中からスマホを取り出すと、『リンドウちゃんからだ!』と言い電話に出た。


朝顔 紫月

『もしもし。』


林藤 白華(電話)

『今、大丈夫かな?』


朝顔 紫月

『大丈夫だよ! 何かあったの?』


林藤 白華(電話)

『急遽、お願いしたい事が出来ちゃってね。』


朝顔 紫月

『何?』


林藤 白華(電話)

『ここ最近、海岸沿いのトンネルで事故が多発していたでしょ。

それがどうやら霊体の仕業だったみたいでね。

霊体自体はリーダーとバラちゃんが見付けてくれたんだけど、私のミスで霊体が憑依した人が乗っていたと思われる車を見失ってしまってね・・・。

それで今、車のナンバープレートを元に如月警部に車の持ち主を調べてもらうと、その人の家が駅周辺にある事が分かったんだ。』


朝顔 紫月

『そうなんだね。色々と大変だったんだ。

それで私達は、どこへ向かえば良いの?』


林藤 白華(電話)

『今からマップと車のナンバーを送るから待ってて。』


朝顔 紫月

『うん。 分かった。』


数秒後、紫月のスマホに白華からマップとテキストが送付されたメールが送られて来た。


朝顔 紫月

『確認出来たよ。』


林藤 白華(電話)

『それじゃあ、私達も如月警部の車でそっちへ向かっているから、その車が到着したら連絡をもらえるかな?

まだ、その人に憑依したままなのか、また事故が起きた現場に戻ったのか、それによって行動を練り直さないといけないからね。』


朝顔 紫月

『分かった。じゃあ、今から行ってみるね。』


林藤 白華(電話)

『ありがと。私達も直ぐに行くからね。』


朝顔 紫月

『うん。』


紫月は電話を切ると、隣で怪訝な表情を浮かべる黄泉と、不安そうな顔で紫月の顔を見上げる橙羽の姿があった。


どうやら電話の内容が、隣に居た2人には筒抜けだった様だ。


百合 黄泉

『それで、どこに行けば良いわけ?』


紫月は黄泉に、スマホに送られて来たマップを見せた。


百合 黄泉

『ここって確か個人塾がある辺りよね。』


黄泉がスマホの時間を見ると、時刻は19時を少し過ぎていた。


百合 黄泉

『まあ、もう皆帰る頃ね。

それなら人目を気にする必要も無いわ。

行きましょ。』


マンションの方角へ歩き出す黄泉。

紫月と橙羽も、その後ろに続きマンションへと向かった。


------------


マンションの下に着いて15分程経った頃、メールに記載されていたナンバープレートの付いた白い乗用車が駐車場へと入って来た。


車から降りた男性は、特に変わった様子も無く優しそうな顔をしていた。


日廻 橙羽

『あの人が憑依されているの?

橙羽には凄く優しそうな顔に見えるんだけど。』


朝顔 紫月

『そうだね。

怒りの強い霊体からは赤いオーラ、死期の近い人からは黒いオーラが出るって聞いた事があるけど、あの人からは特に何のオーラも感じないから、どこかで離れて行ったのかもしれない。』

 

日廻 橙羽

『それなら安心だね♪』


朝顔 紫月

『うん。そうだね♪』


紫月と橙羽が安堵の表情を浮かべる中、男性は何事も無かったかの様にスマホを片手に笑顔で誰かと話しながら、マンションのエントランスへと入って行った。


そんな幸せそうな男性を、唯一怪訝な表情を浮かべ眺めていた黄泉は『私達、重大なミスを犯しているかもしれないわ。』と小さな声で呟いた。


朝顔 紫月 or 日廻 橙羽

『ミス?』


百合 黄泉

『ヒマワリちゃん、あなたマンションに住んでいるって言っていたわよね。』


日廻 橙羽

『うん。そうだよ。それがどうかしたの?』


百合 黄泉

『マンションのオートロック機能が、キータイプや指紋認証だったら身体を奪えば中に入る事が出来るわ。

でもオートロックが暗証番号だったとして、一時的に身体から離れたのでは無く、身体の中に隠れたのだとすれば?』

 

黄泉の話しを聞き、引き攣った表情で再びエントランスの方へ目をやる紫月と橙羽。

男性はエントランスの中にある、オートロックで開くガラス扉の向こう側にあるエレベーターに乗り込む所であった。


エレベーターが閉まる寸前、微かにエレベーターの扉の隙間から"赤黒いオーラ"の様なものが強まったのが目に入った。


紫月は慌ててスマホを取り出し、白華に連絡を取り今起きている事の説明し始めたが、その言葉使いは普段の優しい口調ではあるものの、少しパニックを起こしている様であった。


林藤 白華(電話)

『そうか、その様子だと霊体は憑依したままの様だね・・・。

もう直ぐ私達もそっちに着くから、アサガオちゃん達は自分の身を守る事だけに専念して!

後は私達が何とかする。きっと大丈夫だから・・・大丈夫だから安心して!』


紫月の隣に居た黄泉は、スマホから聞こえる会話を耳にし低く怒りを保った様な声で話し始めた。


百合 黄泉

『「何とかする」?「きっと」?

遅れて来といて何が出来るって言うのよ?

今必要なのは、侵入の許可だけでしょ。

どうにかして「侵入を試みても良いの?」「駄目なの?」私が欲しいのは、その答えだけなのよ。』


紫月が黄泉の方に目をやると、黄泉はエレベーターの止まったマンションの5階を眺めていた。

その階は小さな子を連れた家族が多い様で、バルコニーに小さな子の洗濯物が沢山掛かっており、事態は想像以上に深刻な様だ。


紫月は唾をこくりと飲み込むと、『リンドウちゃん、黄泉ちゃんの声聞こえた?』と再びスマホの向こう側の白華に語り掛けた。

 

林藤 白華(電話)

『うん。 聞こえたよ。

如月警部、許可は頂けますか?』


電話の向こう側で、如月警部は白華の問い掛けに対して『僕が全て責任を負うよ!但し最小限の損害で頼むよ!』と紫月や黄泉に聞こえるくらいの大きな声を発した。


林藤 白華(電話)

『と言う事らしいよ。でも無理はしないでね。

私達も直ぐに、そっちへ行くから!』


朝顔 紫月

『うん!分かった!有難う!』


そう言うと紫月は電話を切り、少し安心した顔で黄泉の方を見てにっこりと微笑んだ。


そんな紫月と目が合い顔を赤くした黄泉は、恥ずかしそうに『じゃあ、さっさと行くわよ。』と言うとエントランスの方へと向かって行き、その後ろに続き紫月と橙羽もエントランスへと向かったのであった。

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