一度だけ、のはずだったけれど

 グレンの整った顔が、ルイスに近づいてくる。

 キス、するつもりなのだろう。

 昨夜のことからの、番宣言。もやは許容量を超えているルイスは、恥ずかしさから、思わず両手を使ってグレンの唇をふさいだ。

 キスを拒まれる形になったグレンは、むっとする様子を見せたが、ならばと下へ向かっていく。

 両手をあげたせいで、他の部位のガードが疎かになっていたのだ。

 毛布の中でもぞもぞと動くグレンに、ルイスが「グレン様?」と声をかけた、そのとき。


「ひゃっ……!?」


 唇がダメなら、その下へ。

 グレンが、ルイスのある部位を口に含んだ。

 情事の名残があるのか、それだけでルイスからは力が抜けてしまう。

 ルイスだって、彼のことは大好きだ。そのうえ、自分は彼の番だった。

 なら……一夜限りではなく、もう一度。それも、許されるのかもしれない。

 

「グレン、さま……」


 自分でも驚くほどに、とろけた女の声が出た。

 きっとグレンにも、ルイスが彼を受け入れるつもりなことが、伝わっただろう。

 少し下にあるグレンの頭に、ルイスはそっと触れる。

 昨日も少しだけ触ることのできた彼の耳が、指に当たった。

 そのまま、すり、すり、と彼のふわふわの耳を撫でる。

 自身も彼からの刺激を受けながら、ルイスは何年ぶりに味わうのかもわからない感触を堪能した。


 このまま、昨夜の続きを――。


 そう思い、彼に身を任せていたのだが。

 ふと、グレンが身体を起こしてルイスの上からどいた。

 今のルイスを見ないようにしているのか、顔も反対側に向けている。


「……すまない。腰を痛めているんだったな。今日はもう、これ以上無理はさせないから……」

「……やめちゃうんですか?」


 吐息混じりの、どこか残念そうなルイスの声。

 彼女は大好きな人に向かって手を伸ばし……。たまたま、その手がグレンの尻尾にあたった。


「……ふわふわ」


 金の髪をベッドに散らし、緑の瞳を潤ませて。頬を蒸気させながら。

 ぼうっとした彼女は、無邪気にグレンの尻尾をふにふにといじる。


 獣人には、耳だけでなく尻尾も生えている。

 しかし、彼らの尻尾を見る機会は少ない。

 その国の文化にもよるが、獣人の尻尾は基本的に隠すべきもので、気軽に他者に触れさせていいものではないのだ。

 服の中にしまっている者もいるし、窮屈なのが嫌な場合はマントや腰布で隠していることが多い。

 獣人の尻尾は、女性の胸に近い扱い・感覚であると話す者もいるぐらいだ。

 そんなことだから、グレンは他者に尻尾を触られた経験など、ないに等しかった。

 幼いころ、尻尾の手入れの仕方を教わったことがあるぐらいだろうか。


 獣人の尻尾は、それこそ、恋人、婚約者、配偶者、といった者にしか触ることが許されない部位だ。

 ルイスも、この国の貴族としてそれは知っているはずなのだが。

 理性が飛んでいるのか、獣人の尻尾に触れてもいい仲であると認識したのか。

 ルイスがどんな思いなのかまでは、今のグレンには、わからなかったが――。

 愛する番に、ふにふにと尻尾を触られて。

 ふわふわ、気持ちいい、なんて言われて。

 グレンの理性は、崩壊した。


 一夜だけの思い出、のはずだったのに。

 たった一度の思い出などには、ならなかった。

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