1章 一夜限りの思い出、のはずだった

ついに迎えた18歳の誕生日

 時は、グレンが18歳を迎えたころにさかのぼる。

 

 アルバーン公爵家では、グレンの誕生日パーティーが開かれていた。


「グレン様。18歳のお誕生日、おめでとうございます」

「ありがとう。ルイス」


 アルバーン家と繋がりの深い子爵家に生まれたルイスも、この会に参加していた。

 幼いころから一緒に遊んできた二人の会話は、気安いものだった。


「グレン様も、ついに成人を迎えるのですね」


 ルイスが緑の瞳を細める。

 表面上はグレンの成人を祝っているが、その奥には、寂しさと焦りがあった。

 グレンも、もう18歳。彼が番のシステムに取り込まれる時期が、迫っている。

 幼馴染が押し殺した感情に気が付くことはなく、グレンはおどけたように笑う。


「ついにって、なんだか年上みたいな言い方だな。同い年なのに」

「私のほうが、少しだけお姉さんですので」

「数か月差だろ……」


 ふふん、と胸をはってみせるルイスに、グレンは呆れたような様子だ。

 グレンとルイスは同い年だが、ルイスのほうがちょっぴり早く生まれている。

 そのため、ルイスのほうが「お姉さん」になる期間が、数か月ほどあるのだ。

 そんなの誤差だ、とグレンはお姉さんぶるルイスを一蹴した。



 アルバーン家は、セリティエ王国でも有数の力を持つ公爵家だ。

 広大な領地を他の貴族にも分配する形で管理しており、その地域においては王にも等しい力を持っている。

 しかし、アルバーン公爵家の本家筋は、存続の危機にあると話す者もいた。

 実際には、そこまでの危機には陥っていないのだが……。

 話を大きくしたがる者は、どこにでもいるものである。


 グレンは18歳。弟のクラークは15歳。この家の男児は二人。

 アルバーン家は、数代前に獣人の血が入ったことにより、獣人と人間の両方が生まれる家系となっていた。

 グレンもクラークも獣人だが、この年になった今も番を見つけておらず、探すための嗅覚も働いていない。

 通常、獣人族は18歳ほどまでには番を見つける嗅覚を発現させる。

 その力さえ得てしまえば、相手が番なのかそうでないのか見分けることができるようになるのだ。


 番は、世界のどこにいるのかわからない。

 近づけばすぐにわかるのだが……。流石に、別の大陸や他国となると追いきれない。

 番に出会えた場合は一直線となるが、番が見つからないまま、他の異性と暮らしていく獣人もいる。

 むしろ、番には出会えないパターンのほうが多いとされているぐらいだ。

 なんせ、番がいるのは「世界のどこか」なのだから。


 嗅覚さえ発現すれば、近くに番がいるのかどうかが判明する。

 近くにいればそれでよし。いなければいないで、貴族として番以外の者との婚姻を進めることも考える。

 爵位を持つ獣人の多くは、そんなやり方で家を繋げている。

 もちろん、婚姻後に番を見つけてしまうこともあるが、相手が獣人である以上、結婚相手もその可能性を理解して婚姻を結んでいる。

 結婚相手と愛する人が別。子供がいない場合は離縁。そんなリスクを背負いながらも、家を存続させていく。



 しかし、グレンは18歳となった今も、番を見つける嗅覚が働いていない。

 そのため、まだ婚約者を決められずにいるのだ。

 婚約者を決めたあとになって、すぐ近くに番がいました、なんてことが起きるのを防ぐためだった。

 稀だが、獣人の中には嗅覚が発現しないままの者もいる。

 グレンもそのパターンなのではないか、このままでは婚姻を結べないまま時だけが経つのでは、と一部の者たちにささやかれていた。

 ならば弟のクラークに家を継がせればいいのだが、15歳のクラークもいまだ嗅覚なしである。

 

 アルバーン公爵家周辺の人々は、誰が公爵家を継ぐのか、家は存続できるのかと、ひそひそと話していた。

 そんな中、グレンの幼馴染のルイスは、彼がまだ番を見分けられないことに、安堵していた。

 グレンと同い年だから、ルイスも18歳だ。

 彼女は、幼いころからグレンに片思いをしている。

 いつから好きだったのかは、正確には覚えていないが。年齢が二桁に届くころには、彼への恋心を自覚していた。

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