「あなたが運命の人を見つける前に、思い出をください」と一夜を共にした翌朝、私が彼の番なことが判明しました ~白銀の狼公爵の、一途すぎる溺愛~

はづも

プロローグ

運命の番

 この世界には、大きく分けて2つの人種が存在する。

 人間と、獣人。

 獣人は、人間に耳と尻尾を生やしたような見た目をしており、嗅覚、聴力、腕力などが人間よりも優れていることが多い。

 この2つの種族には争いの歴史があり、今も激しい対立をする地域もあるが、この国――セリティエ王国では、人間と獣人が共存して暮らしていた。


 そんな国の、とある公爵家にて。


「グレン様……。あなたが運命の人を見つける前に、私に思い出をください」


 ふわふわとした金の髪を持つ女性が、その緑の瞳を苦しそうに細めて、男にすがりつく。

 彼女の名前は、ルイス・エアハート。

 エアハート子爵家の次女だ。

 そんなルイスを前にして戸惑うのが、この公爵家の嫡男、グレン・アルバーン。

 グレンの頭には、銀の髪色に近い、白い耳が生えている。

 彼は、狼系の獣人なのだ。

 二人は、18歳。

 獣人にとっての1つのリミットを、近いうちに迎えるであろうグレンは、切なげに顔を歪ませながらも、彼女の背に腕をまわした。



 ルイスが生まれたエアハート子爵家は、アルバーン公爵家との繋がりが深い。

 同い年だったこともあり、親の仕事中に二人で遊ぶことも多く、幼馴染として過ごしてきた。

 グレンは、公爵家の嫡男だというのに、どこか無邪気なところのある少年で。

 ルイスはいつしか、グレンに恋するようになっていた。

 しかし、身分の差の前に、グレンは獣人。

 獣人のとある特性を知っていたから、ルイスは自分の恋心を押し殺して生きてきた。



 獣人族には、難儀な特性がある。

 運命の番(つがい)、というシステムだ。

 獣人は自身の番を深く愛し、裏切ることも、望んで傷つけるようなこともしない。

 15歳から18歳ほどで番を見つける嗅覚が働くようになり、番に出会えば番だけに愛を捧げるようになる。

 早くに番を見つけ、両想いとなることができれば、それはもう愛情たっぷりの家庭が築かれるのだが……。

 そうでなかった場合は悲惨だ。


 獣人は、番を見つける前であれば、他の人を好きになり、愛することもできる。

 しかし、番に出会ってしまうと、今までの恋も愛もすべてが番への感情に上書きされてしまう。

 恋人や配偶者がいたとしても、番を見つけた途端に放り出すことになるのだ。

 子供までできたあとに番に出会ってしまい、家庭を捨てた獣人の話も、現実に存在している。


 獣人族の番システムは、一人だけに深い愛を捧げ続けるロマンチックなものでもあり、全てが上書きされる呪いでもあった。

 ルイスももちろん、獣人族のグレンが番のシステムに組み込まれていることを知っている。

 だから、いつか番を見つけるかもしれない彼を愛することも、愛されることも望めずにいた。

 しかし、グレンが18歳の誕生日を迎えて少し経ったころ。

 ルイスは彼への想いを、抑えきれなくなってしまった。

 多くの場合、獣人は18歳ほどまでには番を見つける嗅覚が働くようになる。

 グレンがその年齢を超えた今、ルイスにはもう、時間が残されていなかった。

 彼が番を見つけてしまったら……。一夜の思い出すらも、叶わなくなる。

 ルイスは、幼馴染である彼に懇願した。

 一夜だけでいい。責任なんてとらなくていい。今日のことは忘れてしまっていい。だから、私に思い出をください、と。


 グレンもまた、幼馴染のルイスに懸想していたから。

 いつか「運命の番」とやらに消されてしまうかもしれない恋情を抑えきれず、彼女を抱いた。

 グレンも、怖かったのだ。

 ルイスと恋仲になったあと、婚約したあと、家庭を築いたあとに、番と出会ってしまったら。

 グレンは、彼女を放り出して番だけを見るようになってしまう。

 ルイスが大事だからこそ、自分の感情を抑え続けていたのだ。


 二人は、仲睦まじい幼馴染で。両想い、だったのに。

 番というシステムに邪魔をされ、一夜の思い出を作るだけの仲になってしまった。

 ……はずだった。


 翌朝、グレンは甘い香りに誘われて目を覚ます。

 焼き菓子などのスイーツに似ている気もするが、今まで嗅いだことのない匂いだった。

 グレンは、その香りが番のものであると、本能的に感じとった。

 ベッドの上で、上体だけを起こしてその香りの元を探す。

 発生源は……。


「……ルイス?」

 

 金糸をベッドに散らし、隣で寝息を立てる女性。

 毛布の下には、生まれたままの姿がある。

 昨夜、一夜限りの思い出にと、情熱的な時間をともにした相手――ルイスこそが、グレンの運命の番だった。

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