新妻、年上夫に勝利する

 これで決まり! なーんの問題もありませんよね! とでも言いたげなアリアの前で、レオンハルトは額をおさえる。

 妻の一方的な宣言を前に、軽く頭痛がしてきた。

 彼女は詳しい事情を知らないから、仕方がないのかもしれないが……。

 レオンハルトがルカを引き取ることを渋る理由は、呪いが怖いからではない。

 この子に触るな、という呪いを残すほどに妹に拒絶されていること。兄として、亡き妹の意思を尊重したいこと。

 この2点が重要なのである。


 だから、呪いさえ解いてしまえば解決するわけではないのだ。

 しかし、出会ったばかりの妻に、自分のせいで妹の夫は亡くなって、妹に拒絶されて……なんて話をする気にもなれず。

 押しの強いところがある妻をどうしたものかと、頭を抱えたくなった。


「そういえば……。私、ずっと疑問だったんです。どうして私なんかが結婚を申し込まれたんだろうって。もしかして、内々に呪いを解きたかったからだったりします? 聖女の派遣を頼めば、呪われてるって知られちゃいますけど、妻に解呪させれば外には漏れませんし……」

「……呪いを解く気はない」

「え、じゃあどうして……」


 首を傾げる彼女の前で、レオンハルトは深いため息をついた。

 結婚相手を決めたのは、昔なじみでもある第一王子・ノアだ。

 妹の死からそう経たないうちに、王に結婚を強制された彼は自暴自棄になり、「相手なんて誰でもいい」と発言。

 そのため、ノアが勝手に相手を見繕ったのである。

 ノアにはアリアが話したような意図があったかもしれないが、レオンハルトにそんなつもりはない。


「……とにかく、呪いを解くつもりもないし、ルカを引き取る気もない」

「……また、ルカが同じ目に遭うとしても、ですか?」

「っ……」


 それまで元気に話していたアリアの声が、どこか鋭くなる。

 彼女の指摘はもっともで、レオンハルトは言葉に詰まる。

 子供にひどい真似をするような家庭ばかりではない。しかし、次こそは大丈夫だという保証もありはしない。


「ルカのご両親は既に亡くなっていると聞いています。なら、あの子はどこか別の家に預けられていたのですよね? その結果が今です。旦那様だって、放っておけないと思ったから急に連れて帰ってきた。そうでしょう?」

「……」

「旦那様。あの子を、うちで引き取りましょう」


 アリアの緑の瞳が、まっすぐにレオンハルトを射抜く。

 なにも知らない妻の言葉に、レオンハルトは。


「……ダメだ。使用人から、ルカもずいぶん元気になったと聞いている。そろそろ次の預け先を探すから、きみも心当たりがあれば……」


 やはり、彼の意見は変わらなかった。

 前回はひどい家庭に預けてしまったが、このお節介な妻の紹介ならばよい家が見つかるかもしれない。

 ちょっとばかり生まれた信頼とともに、いい家を知っていたら教えて欲しい、と頼もうとしたレオンハルトの言葉を、アリアがさえぎった。


「元気になった、ですか……」

「……? そう聞いたが」


 それまで厳しい表情をしていたアリアが、にやっと笑みを深める。

 なんだかわからないが、悪寒がした。


「旦那様。あの子を連れてきた日、『回復するまでうちにおく』とおっしゃっていましたよね?」

「あ、ああ……。だから、そろそろ別の家にと……」

「たしかに、ルカの体調はずいぶんよくなりました。ですが、それだけでは回復した、元気になったとは言えない。そうは思いませんか?」

「……何が言いたい」

「心です。ルカの心には、今も深刻なダメージが残っています。まさか騎士団長様ともあろうお方が、身体さえ健康であればなんの問題もない、精神面などどうでもいいだなんて思ったりしていませんよね?」


 彼女はこう続ける。


「ルカの心は、まだ回復などしていません。引き続きうちにおきましょう。回復するまで、と言ったのは旦那様なのですから、なんの問題もありませんよね?」


 レオンハルトは、ぐっと言葉に詰まったあと――


「……わかった。好きにしろ」


 額を抑えながらこう返した。

 罪悪感に苛まれ、甥にも近づけない状態ではあるが、レオンハルトとて、本心ではルカを引き取り育てたいのだ。

 自身の言葉を引用する形でこんなことを言われてしまっては、もう言い返す気力もなかった。

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