酔いどれエルフのセラさんと光の呑み友達

アヌビス兄さん

第1話 酔いどれエルフと終わりの始まりのアサヒスーパードライwithプッチンプリン

 むかし、むかぁーしで大概物語ははじまり、


「セラ、今日も魔法の補助と援護期待してるぜ!」

「あぁ、任せておけ。今回の依頼が終わったらギルドの酒場で麦酒をきゅっとやろう!」

 

 土壁の匂い、幾度となく嗅いできたこのダンジョン特有の匂いの中を歩む。油断をしたわけでは無かった。どんな仕事も命に関わるし、誰よりも分かっていたハズだった。

 まぁ、まさか今のやり取りが最後の言葉になろうとは、かつて伝説の英雄達とも旅をした事があるハイエルフのセラ・ヴィフォ・シュレクトセットは思いもしなかった。ダンジョンの調査依頼。ここ最近パーティーを作った若いが筋のいい冒険者達に協力要請をされ、共にその依頼を進めていた。

 かつては勇者なんて大物と一緒に様々な冒険をした事もあった。ハイエルフと聞けばみんな喜んでパーティーに入れてくれるのだが、難易度の高いダンジョンや強力な魔物の討伐依頼を請け負うパーティーなどからの勧誘が多いのは正直困ってもいた。そういう命懸けの生き方はもうガラじゃない。その日暮らし程度の生活費が稼げればそれでいい。

 彼女の冒険や、戦いという物はざっと数百年前に終わったのだ。

 

 エルフの中ですら伝説的存在となった自分。

 そう思っていたセラさんだったが……調査で入ったダンジョンの部屋で、運悪く、パーティーメンバーの一人、若い魔法使いの女の子が魔道具に触れてしまった。

 そして起動。

 

 ヴヴヴ…………

 

 古の時代に作られた魔道具は色々な動きを見せるものがあり、それら全容は誰も知り得ない。

 発動する魔道具を前にセラさんは叫んだ。

 

 

「いけない! そこから離れるんだ! なんらかの魔道具が動いている。私の魔力で止められるか試してみるから、みんなはすぐにダンジョンの入り口まで走れ!」

「でもセラ……」

「いいから! 君たちはまだ未来がある。それに私は……」

 

 十分生きた。

 だが、それが命を捨てる理由にはなり得ない。我ながら格好をつけたなとセラさんは思う。いつかはこんな事に巻き込まれるんじゃないかと内心思っていた。遙かなる時の中に自分は名を馳せた英雄だった。

 故に後の世代を先に進ませ、守るのも年長の仕事だと思った。結果未知の魔道具の発動を止める事はセラさんにはできなかった。


 めでたし、めでたしと

 伝説のハイエルフの伝説はこれで幕を閉じたのだ。


 

“あーあ、こんな事なら昨日、もっと麦酒飲んどけば良かったな……“

 

 プシュ!

 

 魔道具の発動に巻き込まれた後、最初にセラさんが聞いたのはそんな小気味いい音だった。恐る恐る目を開ける。

 そこには……目つきの悪い青年、セラさんは今までの経験からこう思った。 

 盗賊か?

 

「き、貴様は誰だ!」

「は? それは俺の台詞だろが! 突然現れやがって、亡霊か何かか? あぁ? このクソ耳長ぁ!」

 

 目つきと口の悪い一人の青年がどこかの部屋で座りながら、何かを食べ、飲んでいる状況。セラさんはハイエルフという種族らしくその叡智の限りを尽くしてこの状況を把握。

 

「ここは、貴さ……じゃなくて……見たところ貴方のお部屋か?」

「みりゃ分かるだろ! というかお前なんでそんな耳長いの? 病気? 病気か?」

「なんと! 見て分からんか? 私はエルフだ。ハイエルフのセラ・ヴィフォ・シュレクトセットと言えば流石に名前くらい聞いた事あるんじゃないか? 自慢じゃないが書物等でな。まぁ……昔はそれなりに勇者と旅をしたり魔王の魔法を逸らして見せたり有名だったし、魔法もブイブイ言わせてた時代もあったんだ!」

「いや知らんし、というかエルフとか本来いねーし、どっからやってきたんだよお前? コスプレか? コミケの時期はまだ後だろ」

「ふぅ、何を言っているか分からないが、あまり言いたくはないし、もう長い事帰ってはいまいが、あまり外で言わないでくれ。精霊の国ティルナノだよ。人間からすれば御伽話の世界だよな?」

「いやいや、何処だよ。歌舞伎町の風俗か? 俺からしたらお前さんが御伽話の……というかくっだらねーラノベの登場人物でしかないけどな。まぁいいや、もう帰っていいよ。今回に限りポリスに通報はしねーから、しっし!」

 

 そう言って青年はひょいぱくとお皿にある食べ物を食べて、そして手に持っている容器の中身をクイっと飲み干した。

 

「ぷはー、うまっ!」

 

 青年がそう言ってもう一口という様子を凝視するセラさんに青年は手を止める。再び何かを口に入れて、そして何かを飲む。そんな一連の動作にセラさんの視線は追従し続ける。そして自然とセラさんの喉と腹が鳴った。

 

「お前、セラだっけ? 酒はいける口なの?」

「そりゃもう、先程も仕事終わりに麦酒を飲もうと思っていて、ツレのやらかしの尻拭いで気がついたらここにいたんだ! ほんと迷惑だ」

「バクシュ……あぁ、これなビール?」

 

 そう言って青年は自分が飲んでいる物を見せると、部屋の中にある白く大きな箱を開け、そこから同じ物を取り出した。

 

「ほれ、アサヒスーパードライ! ビール。お前さんの言う麦酒だ」

「えっ? えっ? え?」

 

 セラさんは渡されたキンキンに冷えたそれを持って意味も分からず青年を見つめていると、青年はセラさんの持つ冷たい容器に触れると、

 

 プシュ。

 

「プルトップの外し方も知らないのかよ。これ、ガチの異世界人か……生きてりゃ変な怪奇現象に見舞われるもんだな。まぁ、飲めよ」

 

 ゴクり、口を丁度つける穴が空いたそれ、どれだけの錬金術を極めた技術者が作ったのか驚くべき技術で封印されていた容器から芳しい麦酒の香り、恐る恐る、セラさんはそれに口をつけて飲み干す。

 

“嗚呼、そういえばエルフの長老に言われた事があったなぁ、別の世界と思われる場所の食べ物や飲み物を与えられても決して飲み食いしてはいけないとか“

 

「ぷっふぇえええ! そんなん無理に決まってるじゃないかぁあああ! なんぞぉこの美味い麦酒わぁああ!」

「そう? まぁ、そんな喜んで貰えれば出したかいはあったわ。ほれ乾杯!」

 

 カツンと麦酒、もといビールの入った冷たい容器、缶をあてる青年。そしてつつっと青年が食べていた食べ物が入ったお皿をセラさんの方に向ける。

 

「餃子も食いねぇ、ほれ箸……は使えるのか? セラ」

 

 そう言って青年は器用に箸と呼ばれる二本の木の棒で食べ物を摘むとそれを口に入れる。セラさんは同じく真似をして下手くそなりになんとか摘めると辛めのツケだれにつけてそれを口に…………

 

“いけない! これは……“

 

「ば、麦酒が止まらん!」

 

 ゴキュゴキュと飲み干し、ストンとビールの入った缶をテーブルに置くと、セラさんは男性に向かって涙を流しながら、

 

「か、感謝するぅ! あの、差し支えなければお名前を……」

「犬神だけど」

「犬神さん! 私は死ぬ前に麦酒が飲めて良かったぞ。ところでここは一体どこなんだ? 闇魔界ザナルガランとは違うっぽいが」

「何処だよそれ。ここは俺の部屋、賃貸マンションのドランカーレジデンス、3LDK一人暮らし、その中でここは俺の趣味部屋、というか飲み部屋。そしてお前さんはあの天井の模様からおっこちてきた。てかどーすんだよあの模様。俺が落書きしたみてーじゃんかよ」

 

 言われるがままに上を見るとそこにはエンシェントテキスト、古代呪文と思わしき刻印がある。そこからよもや魔法力は一切感じない。犬神さんは再びビールが無限に入っているような白い箱。冷蔵庫よりさらにビールを2本取り出す。

 

「呑む?」

 

 元の世界に帰るだとか、この部屋の天井にあるエンシェントテキストだとか調べなくてはならない事が沢山ある。それなのに、セラさんは「いただきます」と受け取ったビールのプルトップを今度は自らプシュっと開けて、今はそんな事どうでもいいかと犬神さんを見る。

 

「この麦酒、美味しすぎるな! これを作った奴、いやそもそも一体いくらするんだこれ? 銀貨2枚は軽くするだろう?」

「銀貨2枚がいくらか知らんけど。百円玉2枚くらいだ」

 

 再び缶をカチンとぶつけて飲みながら、犬神さんに言われた言葉。

 

「まぁ、それ飲んだら出ていってくれな?」

 

 窓の外を見る。この部屋高台のように高さが随分ある。見知らぬ建物に見知らぬ服を着た人々、何やら鉄の塊のような巨大な乗り物が沢山走り、明らかに文明レベルがセラさんが元々いた場所とは違う。こんな場所に何も持たず放り出される事を考えるとセラさんはほろ酔い気分がなくなり、残りのビールを飲み干すと、ゆっくり、豪華な一人掛けソファーに座る犬神さんの前で、正座をするし、手を地面について頭をつけた。

 

「何してんの?」

「エルフに伝わる最上の謝罪とお願いの仕草、というものだ。生まれて初めてした。どうか、どうかしばらく置いてはくれないだろうか? えっちな事以外ならなんでも致す所存。ハイエルフだから世界の叡智を教える事もできる! 悪くない話だと思うのだが」

「あぁ……間に合ってます。俺にはSIRIとアレクサという有能な使い魔がいるので」

 

 セラさんはこれより、エクストリームドゲザヴォーグから、オメガ・エンシェント・ドゲザヴォーグ、そして真・ドゲザヴォーグなるものを披露しようとしたあたりで、根負けした犬神さんが、

 

「もういいわ面倒くさい。部屋はゲーム用の和室使えばいいよ。ちな、俺の仕事の邪魔をしたら放り出すからな?」

「何を言っているか全く持って分からないが、そりゃもう邪魔なんて私がするわけないじゃないか! よろしくお願いする! 犬神さん!」

「んじゃ、シメにプッチンプリンでも食べるか?」

「何か分からんが、ここまでくれば頂こう!」

 

 プッチンプリンのあまりの美味しさにセラさんはドラゴンかという程の咆哮みたいな感動の奇声をあげて、瞬間部屋から放り出されそうになる。

 

 飲んでも腹の足しにはならないお酒、されど彼女らは呑むよりあおるという表現が正しいだろう。

 これは酔いどれエルフのセラさんと、光の(?)呑み友達との物語。

 伝説のハイエルフの伝説、第二幕。

 はじまり、はじまりぃ。


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