10-9
※ 閲覧注意
今回は激しい残酷描写はありませんが、最後まで読むと気持ちが悪くなるかもしれません。読まれる方はその覚悟でお願いします。
また苦手な方は読み飛ばしていただいても展開の読み取りには支障はないと思われます。どうか無理なさらないようにお願いいたします。
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キヨはまともな意識を保ってはいない。
虚な視界に捉えられた無惨な弟の姿にも、もはや感情はさざなみほどにも揺らがない。
唇からは涎が垂れ下がり、悍ましい多幸感に満たされた全身はぐったりと弛緩し、今にも止まってしまいそうな浅く引き攣った呼吸だけが無感情に続いている。
キヨは男のなすがままの人形に成り果ててしまった。
「今日はスープにしてみたんだよ。先日の照り焼きは二人とも口に合わなかったみたいだからね」
その慈悲深くカモフラージュされた声に俺は靄が掛かったようなぼんやりとしたキヨの視界をためらいながらも見つめる。
すると確かにそこにシンプルで深みのあるスープ皿と思しきフォルムを認めた。
その白い器には皿の深さの半分ほどまで油滴のある琥珀色の液体が満たされ、真ん中にぼってりとした円柱状の肉が寂しげな孤島のように浸かっている。
「丸一日掛けてじっくりと煮込んだんだよ。丁寧にアクを取って、できるだけ形を崩さないように慎重にね」
恍惚と上擦ったセリフが背中に押しつけられた男の体を介して微妙な振動とともに聞こえてきた。次いで視野の左から左腕が現れ、皿に添えられていた銀色のスプーンをつかむ。
「だから、見てごらん。ほら、ナイフなんか使わなくてもこの通り」
匙の縁が孤島の上端からゆっくりと滑り落ちた。
するといとも簡単にベージュ色をした肉塊が削ぎ落とされ、その断面に真っ白な骨が現れた。そしてスプーンに載せられたそれは男の指先が微かに震えているせいか、フルフルと波打つように揺れている。
「味見してみたが、数日間の熟成で肉の風味に深みが増していたよ。それに使ったのは塩だけだが骨髄から染み出した出汁でなかなか良い味わいになっている。さ、君たちも温かいうちに食べなさい」
男はそう言いつつ、その肉片をキヨの口もとへと運んだ。
唇に生温かく柔らかいものが触れる感覚があった。
けれど朦朧としたキヨが口を開くことはなく、男は右手で無理やり口を開かせてそれを押し入れる。
粘膜と舌が生温かい肉の感触を感じ取った。
味はよく分からない。
しばらくして咀嚼しようとしないキヨの口腔から涎とともに肉片がこぼれ落ちた。
すると背後の男はさも残念だというように長いため息を吐いた。
「やれやれ、仕方がない。食欲がないのかい。なら、コウジロウはどうだ。点滴だけでは腹が空くだろう」
カツンカツンと煉瓦床に靴音が響く。
ほぼ同時に視野の左側に男の影が現れ、そして今度はコウジロウの背後にまわり込んだ。
俺はそこで初めて男の全身を視界にとらえた。
男は高身長ながら胸板も厚く、身に纏ったいかにも上品そうな滑らかな生地の黒いタキシードがまるで古い洋画に出てくる執事のようにピシリと決まっていた。
また細かな
俺は視点を上に移動させ、その顔を見つめる。
男は銀縁の四角いメガネを掛けていた。
髪はポマードで艶やかなオールバックに固められ、耳たぶが下垂した白い耳がその傍に備わっていた。そして角ばった輪郭に欧米人のように高い鼻筋を通し、色白の肌に男としては少しばかりそぐわない形の良いピンク色の唇がニヒルに歪んでいた。
男はもう一度スプーンを皿に差し向け、肉を骨からずるりと刮いだ。
それからその行為自体を娯しむようにスプーンに乗せた肉片をゆっくりとコウジロウの口もとに運ぶ。
そして大きく裂けた彼の左頬を少し摘み上げ、慎重に肉をその隙間に入れた。
グワァ……ヤァ……イダィ…………。
すぐにコウジロウの喉から悲鳴ともつかない奇妙で甲高い声が絞り出され、舌先で押し返した肉片が唇の端に覗いた。
「おやおや、遠慮することはない。なにせこの肉はもともとキミのものだよ。ゆっくりと味わって食べなさい」
含み笑いとともに吐き出されたそのセリフに俺の思考は再びフリーズした。
そして男の指がコウジロウの口腔に肉を捩じ込む姿を目の当たりにして、次第に気が遠くなるのを感じた。
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