嗚呼、我がオカ研の運命や如何に
那智 風太郎
1. In the Cemetery 1 - 3
1-1
墓地が好きだ。
こう打ち明けるとたいていの人は驚いて返す言葉もないといった顔をする。
あるいは手を口に当て、気の毒そうな表情を浮かべていくつかうなずく。
または一歩後退って目を逸らし、急な用事を思い出して去っていったりする。
まあ、当然といえるだろう。
高校生がよりによって墓場を好むなど自分でも変人の域だと思う。
けれど好きなものは好きなのだから仕方がない。
他人にどれだけ疎まれようともかまわない。
俺が墓地を愛する気持ちは変わらない。
晴れた日曜の午前十時。
テレビを見ながら遅い朝食を済ませた俺は黒ティーに黒のデニムパンツ、そしてライトグレーのサマージャケットにモスグリーンのデイパックを背負うといういつもの地味が過ぎる出立ちで近所にある市営墓所へと足を向けた。
その途中、馴染みの生花店に立ち寄って
おばちゃんは数少ない支援者の一人である。
俺は礼を述べ、樒の束を片手に意気揚々と目当ての墓地を目指した。
季節は初夏だ。
道すがら揺れる青葉とその木漏れ日を見上げ俺は微かに悔いた。
この天候ならかねてより計画している
蜻蛉谷にはかつて平家落人の集落があったとされ、その
このような清々しい日和に巡礼を歩めるのであれば、たとえ早朝に目を擦って起き出し、それから三時間バスに揺られても退屈苦行の甲斐があるというものだ。
けれど妄想とも後悔ともつかない考えは数日後に開催される会議の存在を思い出すことで速やかに潰えることとなり、俺は虚しく首を振った。
会議のために必要なレポート提出の期限は明日だ。
だから今日は墓地散策も早々に切り上げて、それを仕上げなければならない。
俺はため息を落とすと、目線をアスファルトから持ち上げ前を向いた。
そして不意にというか、やや無理をして思い出した。
そういえば山間部では午後、雷雨になる恐れがあると天気予報が告げていた。
いくら奇異な墓萌えを自負する俺といえど、雷に打たれる危険を冒してまで敢行しようとまでは思わない。
ならばやはり今日はその日ではなかったのだと、言い開きのようなことを考えているうちに丘の麓にある市営墓所に到着した。
俺はまずその入り口で立ち止まり深々と一礼をする。
墓所は生きびとの領域ではない。
礼を終えると俺はおもむろに目線を上げた。
階段状に整然と区画された墓所は見上げると幾何学的な形状をしていて、それはちょっと近未来の都市を想像させる。また見渡したところ墓参りの人の姿はどこにもなく、代わりにカラスの姿がちらほら見える。
とりあえず休憩所となっている六角形の
初老の男性だ。
その人を俺は守衛さんと呼んでいる。
もちろん市営墓所に守衛などいるはずもないが、俺が訪れたときには彼はたいていこの墓地のどこかで見回りをするように歩いているから勝手にそう名付けたのだ。
「あ、ども」
そう声を掛け軽く会釈をすると守衛さんは俺を一瞥して軽く笑みを浮かべ、それから何も言わずに東屋から出て行った。あいかわらずシャイな人だと俺は口元に苦笑いを浮かべた。そして内部を取り囲むように据えられたベンチにデイパックを下ろし、中から透明なゴミ袋三枚と軍手、汗拭き用のタオルと防塵用マスクを取り出す。それからジャケットを脱ぎ、念のために虫除けスプレーを取り出して両腕と首筋にさっと吹きかけた。
この時期でも墓場にはすでに藪蚊が飛んでいて汗をかくと寄ってくる。
俺はマスクと軍手を身につけ、タオルを首に巻いて東屋を出ると四月としてはかなり力強い日差しにしばし目をすがめた。
そして麦わら帽子でも持って来ればよかったと少し悔いた。
市営墓所というのはその名の通り、地方行政による公営墓地のことである。
墓地には他にも主に宗教団体などが経営母体となった私営の施設や寺院に附設されている霊園などがあるが、津々浦々、一般的にはこのような公営墓所が大半である。
もちろん行政運営でも定期的に清掃業者などが来て墓所の管理をしているのだけれど、やはり日々細かく手入れをするというわけにはいかない。
だから区画する通路には吸殻やゴミが落ちていたり、雑草が生えていたりする。
また供物がカラスに荒らされて散らばっていたり、こんなところで誰が食べるのかコンビニ弁当の容器などが置き去りにされていたりもする。
神聖であるべき場所がその様相ではあまりに忍びない。
俺は墓所を隅々まで廻り、目についたゴミを集めていく。
あるいはコンクリートの隙間から顔を出した雑草を引く。
そして集めたゴミを分別して袋に入れていく。
額に玉のような汗が噴き出る。
雑草をむしる指に痛みを覚え、強い日差しが頭がクラクラとさせる。
時折、近くを歩いていく人影があり、気がついた時には軽く頭を下げる。
すると会釈を返してくれる人もいれば、そのまま目も合わせずに立ち去っていく人もいる。
人それぞれだ。
別に構わない。
俺は気にも留めずまた作業に戻る。
清掃は一時間ほどで終わった。
俺はふたたび東屋に戻り、リュックからミネラルウォーターを取り出して喉に流し込んだ。そして額や首筋に滲んだ汗をタオルで拭き、ベンチに腰を下ろすと爽やかな薫風がいく筋も頬を撫でて去っていった。
見渡すと林立する御影石の墓標が太陽の光を反射して眩く輝いている。
目を上げればその向こう、青葉に映えるなだらかな丘。
そして稜線の上に広がる水色の空と白い雲。
俺はゆっくりと肩の力を抜き、しばらくぼんやりとその長閑な景色を眺めた。
特に感慨があるわけではないが、このような瞬間はたとえば白球を追う球児たちが練習の合間にベンチで休息を取る一瞬とそう違わない青春ではないかとふと思ったりもしてニヤリと笑みを作った。
『なんだ、そんなものに憧れておるのか』
不意にそう尋ねられて俺は首を振った。
『別に憧れてなんかいない。そんな青春の一ページみたいなものは俺には似つかわしくないと思っただけさ』
『まったくだな。似合わんにもほどがある』
『そうだな。けどなぜかミシャに言われると腹が立つ』
『それはいかん。感情の起伏に付き合うのは疲れるからな』
そう言って彼女は通信を遮断した。
俺は咳払いをして切り替える。
ひとしきり休憩を終えた俺は樒の束と焼香セットを手に東屋から出て、墓所の奥へと続く石段を登った。
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