相思相愛です。げーむ

西羽咲 花月

第1話

暗くてとても深い海の底からどんどん引き上げられるような感覚がして、保川友美は目を覚ました。

目を開けた瞬間は視界がボヤけて景色をはっきり見ることはできなかったけれど、すぐにピントが合って周囲を確認することができた。


友美の視界に最初に入ってきたのは灰色のコンクリートの壁と床だった。

第2会議室?

友美の勤めている会社の第2会議室がちょうどこんな感じだったので、咄嗟に頭の中でそう考える。


しかし視線を更にめぐらせて見たとき、部屋の中に窓がないことに気がついてここが第二会議室とは別の部屋であることがわかった。

壁の一面には大きなモニターが天井から下がっているが、それ以外に机や椅子といったものもないし、ホワイトボードもない。


部屋の天井付近には換気扇がついていて、それがカラカラと回る音だけが聞こえてきている。

ただそれだけの部屋。


本当になにもない。

なにもないが、その代わにというように友美の隣に倒れている紺色のスーツを着た男性の姿があった。


友美はその人物を見つけた瞬間大きく息を飲んだ。

「社長!」

友美は咄嗟に声を張り上げて、隣の男の方を揺さぶった。


男の長い睫毛が小刻みに揺れたかと思うとゆっくりと両目がひらかれた。

スッと通った鼻筋に頬にかかるサラリとした髪。薄く開かれた唇からは白くて歯並びのいい歯が少しだけ除いている。


「ん……」

男は顔をしかめながら上半身を起こし、部屋の中を見回した。

「ここはどこだ? 会議室……でもないみたいだし」

「私にもわかりません」


友美は左右に首を振り、素直に答えるしかなかった。

なにせ自分も今目を覚ましたところだ。

社長である中平宏と社長秘書である友美が得たいの知れない場所で目を覚ましたことに、少なからず不安は膨らんでいく。


イベント会社を運営している宏のライバルは意外と多く、他社からうらまれている可能性は十分にありうるからだ。


2人はゆっくりと立ちあがって部屋の中を確認してまわることにした。

そしてすぐにわかったことがある。

「出口がないな」


宏が顔をしかめて言い、友美はうなづく。

そう、この部屋には出口らしき扉がなかったのだ。


では、宏たち2人をここへ連れてきた人間たちは一体どこからこの部屋に入ったんだろう?

「きっと、どこかに隠し扉があるはずです」


友美はキッパリと言い切り、それから2人はしばらく床や壁を手で押したり、スライドできないか試したりしてみた。

しかし、ビクともしない。


「そうだ、外部と連絡を取ってみよう」

目覚めてから15分くらい経過して、ようやくスーツのポケットを確認しはじめた。

「そうですね」

友美もうなづいて自分のスーツを探る。


しかし、探せば探すほど2人の顔は青ざめていく。

スマホがないのだ。

それだけじゃない。


車の鍵も胸ポケットの名刺も、なにもかも取られてしまっている。

外部と連絡が取れるものはなにも残されていない。

「くそっ」


普段温厚な宏がつい舌打ちをして壁を殴りつけた。

「社長、もしかしたら今度の飯田カンパニーと合同で行うイベントを阻止するつもりなのかもしれません」


優秀な秘書はなにか思い当たることでもあったようで、早口にそう言った。

飯田カンパニーとは、宏たちの会社と争うほど大きなイベント企業で、今度合同で国内外で同時にイベントを開催する予定なのだ。


今のところ一番大きなイベントはそれだし、チラシやポスターにとどまらず、テレビのCMも流されていて、みんなの興味も強くもたれている。

その開催日は来週に迫ってきていた。


こんな大切な時期にこんな目にあうのだから、あのイベントが絡んでいるに違いないと判断したのだ。

「そうなのかもしれないな」


いくら優秀な社員たちでも、社長の指示なしでは動けない。

それほど宏の人望が厚いということだが、今はそれがあだになってしまっているようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る