#32

 今回の犬鬼コボルト討伐作戦。


 戦術は、典型的な鶴翼かくよく陣形からの包囲戦である。


 ただ、旅団パーティ単位の連携など期待出来ないことから、事前に行動予定を申告しておくことと、お互い一定の距離を隔てて行動することが定められている。


 出発前、参加者全員はギルドに於いて、『万一同士討ちが発生した場合は、(たとえ事故であったとしても)参加全メンバーに対し金貨10枚ずつとギルドに対しては金貨50枚支払う』という誓約書に署名を求められた。今回のような乱戦の場合、事故を装った殺人事件が起こる場合があるらしい。その抑止力を期待してのことだという。


 事前の誓約書には報酬の分配規定もあり、魔石等は(正確な撃破数スコアなどは計りようがない為)均等分配した上で、【ミスリルの翼】他際立った活躍をした旅団パーティにボーナス、という形で配分することを了承するという条項もあった。




 で配置だが、【ミスリルの翼】を中心として、我ら【ChildrenセラofSeraphこどもたち】は右翼に布陣することになった。構成人員2人で女と子供、ということで、おそらく戦力としては期待されていない。まぁ邪魔にならないところで犬と戯れていろ、というのが戦術指揮担当である【ミスリルの翼】所属魔法使いの本音のようだ。




「という訳ですので、アリシアさん。アリシアさんの好きなように動いてください」


「お前はどうする、アレク?」


「アリシアさんの背中を守ります。


 だから寧ろ、俺のことも背後のことも気にせずに、ただただまっすぐ好きなように剣を振るってください」




「……お前こそ、突っ込んで行きたいんじゃないのか?」


「そんなことしたら、小鬼ゴブリンに包囲され、槍衾やりぶすまと矢の雨にさらされますので、自重します。


 このパーティのリーダーはアリシアさんですので、アリシアさんに全て従います。アリシアさんの、言葉にした命令も、言葉にせず行動に顕した命令も、その全てに従います」




「もしかして、トラウマになっているのか?」


「今回の依頼は、多数の中の2人、ですからね。


 【ミスリルの翼】が思っているように、実際に戦力にならなくても何とかなるかもしれません。


 なら個人戦ではなく、集団パーティ戦の実地訓練だと思えば良いんです」


「実地訓練か。


 そういえば、今回の依頼は初めからお前の新しいナイフの試し斬りが目的だったな。


 ならしっかり連携の実地演習をするとしよう」




◇◆◇ ◆◇◆




 今回の依頼を、「連携の実地訓練」と定義したことで、俺はもう少し自分に制限を設けることにした。


 それは、〔肉体セルフ・操作マリオネット〕による肉体強化の基本的使用禁止、である。




 〔肉体操作〕は便利だし、効果も高い為使い勝手が良いが、あまりにも負担が大きすぎる。


 先の電撃戦ブリッツクリークのように速度最優先という時はともかく、今後のことを考えると、ここぞという時以外は使わない方が良いのは当然である。


 特に今回は、最悪の場合持久戦になる。イノシシ狩りの時のように〔回復魔法〕を使う余力を残しておかないと、体力と魔力が尽きて戦線離脱、などという哀しい結果になる虞もあるのだ。




 他にも、投擲とうてき系の武具・魔法の使用禁止。これは単に、フレンドリー・ファイアを警戒してのことである。特に〔穿孔ペネト投擲レイター〕は、俺の予想以上に貫通力があるから、射線の延長線上に味方がいたら、大変なことになる。




◇◆◇ ◆◇◆




 そして場所と時間は移り、ハティスの街西方の草原。現在の時刻は、夜明けの少し前。


 俺とアリシアさんは、魔猪ボアの干し肉をかじりながら闇の向こうを睨めつけていた。


 背後は既に朝焼けのグラデーションが広がり、中空まで青く染まっている。しかし、西の空はまだ暗い。その闇の中から、屠るべきコボルトが現れる。




 風向きは西から。それほど強くはないが、気の所為か風に獣の匂においが乗っているようにも思う。


 冒険者たちにとってもそれは同じなのか、空が明るくなる前の方が陽気に騒いでいたが、今は全員息を殺して西の地平を睥睨へいげいしている。




 と。




「! 来たぞ」




 誰かが呟いた。




 ――戦闘の、はじまりである。




◇◆◇ ◆◇◆




 俺は自分自身に対する制限として、投擲系の武具・魔法を禁止した。


 しかし本来飛び道具とは、相手との距離が開いているときにこそ使うべきものである。


 その常識の通り、弓使いによる矢がこの戦の機先を制した。




 本来の戦争であれば、はじまりは鏑矢かぶらやと決まっている。しかし無駄な音を立てたらコボルトや魔狼ウルフが驚いて散開してしまうかもしれない。


 巧く囲いの中に誘導する為には、無音で攻撃する必要がある。


 そのことから(派手にならざるを得ない)魔法攻撃も見送られた。




 弓矢による攻撃で何頭か数を減らしたものの、全体から見ればほとんど影響がないままに、予定していた場所までコボルトたちは踏み込んで来た。


 実はその場所には、赤い粉末塗料(人体に害はない)を撒いてある。コボルトがそこに足を踏み入れたら、赤い砂塵が舞い上がることで皆に対する合図になるのだ。




「攻撃開始!」




 その合図と同じか一瞬早く、アリシアさんが走り出す。それに遅れず俺も走る。


 アリシアさんは右利き。だから左上から右下後方までが攻撃範囲になる。


 一方で俺は左利き。すると、背中合わせになると攻撃範囲が重なり、死角が増える結果になるのだ。


 では死角を最小にするにはどうしたら良いか。答え、俺の右肩とアリシアさんの左肩を頂点にした、直角三角形を作る位置に立つことだ。


 そして右手には苦無くない。一応自分ルールで投擲を禁止しているが、それを守って死ぬほど愚かではないつもりだ。必要なら、躊躇いなく投げる。




 アリシアさんが最初に接敵した相手は、魔狼。


 アリシアさんに飛びかかったところを、長剣ブロードソード撃墜たたきおとされた。


 ……「翼がないんだからうかつに飛ぶな」と教わらなかったんだろうか?




 けれどその陰からコボルトが飛び込んで来たので、戦闘用コンバット・ナイフを一閃。笑えるくらい手応えなく、コボルトの胴を袈裟けさけに両断した。




「それが新しいナイフの威力か」


「アダマンタイト・コーティングがしてあるそうで。むしろ威力があり過ぎて、使い慣れないと怖いかも」


「今日の一戦で、嫌というほど使うから慣れるだろう」


「確かに」




 無駄口を叩く余裕があったのは、そこまで。


 それ以降は作業のように、コボルトと魔狼を斬り続けた。




 どれほど続いたか、ナイフを振り続けて腕が痛くなり〔回復魔法〕をかけた回数も忘れた頃、一瞬で辺り一面が爆音とともに真っ赤に染まった。


 予定の、火炎魔法が炸裂したようだ。




 『炎の中で佇む』という、前世では虚構フィクションの中でしか有り得ないことを体験しながら、今日の戦いが終わったことを実感した。

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