#27
ミリアが納得出来る精度の服が完成したのは、五着目であった。
ミリアは納得がいくまで裁断と縫製についてオリベに質問をし、技術を向上させていき、そして満足のいく出来となったのが五着目だったということだ。
もっとも、オリベに言わせれば三着目の服で既に商品としては十分な完成度を誇っていたそうだが。
その一方で、孤児院改造計画も本格的に始動した。
まず浴場。これはシンディさんに紹介してもらった大工さんにお任せする。
施設としては、脱衣所と浴室からなり、浴室は浴槽と洗い場がある。脱衣所と浴室はともに湿気しっけが溜まり過ぎないように換気窓を付ける。
そしてこの浴場の最大の特色として、排水が二系統設置したことにある。
「何で二系統なんだ?」
「せっかく貯めたお湯を、そのまま捨てたらもったいないじゃないですか。衛生的に問題がありますから料理や飲料には使えませんけど、掃除には使えます」
そして、浴槽から配管してボイラーに繋ぐ。
「こんなやり方、考えたこともない」
「浴槽の水の一部をボイラーの中に取り込み、その部分の水を熱する。すると熱せられた水(お湯)は上に行き、下から新たな水を持ってくる。一方上に行った熱いお湯は、浴槽に戻り浴槽の水を温める。この循環で、浴槽全体の水を温めることが出来るんです。ただ、浴槽の水をちゃんと掻かき混ぜないと、浴槽の表面だけ熱くなって下は冷たい水のまま、ということになりますけどね」
次に着手したのは、
不完全な発酵状態で使用する堆肥の危険は、人糞も牛糞も変わりはない。あとはイメージの問題だ。
その一方で、トイレは浴槽の排水を利用して洗浄する。水を豊富に使えれば、十分清潔な空間を保てるだろう。後は脱臭の為の換気口を確保することが重要だ。
「排泄物を利用って、大丈夫なの?」
「実は色々危険です」
「じゃあ……」
「けど、穴を掘って埋めるのも、実は同程度に危険なんです。なら有効活用することを考えて方が、よっぽどましでしょう」
「色々不安なんだけど」
「トイレを使ったら、使った人が必ず掃除する。トイレを掃除した人は、そのあとしっかり手を洗う。汲み取り作業をした人は、優先的に風呂に入って体を洗う。
これだけで衛生的には随分危険度が下がります」
「お風呂に入ると気持ち良いっていうけど、皆が嫌がる作業をした子が優先的にその権利を得られる、ってこと?」
「ええ。優先順位の第一位は、汲み取り作業をした子。第二位は、浴槽を掃除して水を汲んだ子。水汲みは重労働ですからね。あとは小さい子から順番に、ということで」
「でも、皆で入れる大きさだよね」
「一応、20人が同時に入れるサイズの浴槽ですけど」
「それに優先順位を決める意味があるの?」
「20人は入れる浴槽に、2-3人で入るのは、
それに、いくら浴槽に
そして、この孤児院改造計画の目玉。
鍛冶師ギルドが
ここでは、「千屋花見式炭焼窯」を
「炭焼きとは、こんなに簡単に出来るものなのか?」
「簡単だからこそ、鍛冶師ギルドは秘匿事項にしたんですよ。もっとも、炭焼きを行うのは簡単でも、質の良い木炭を作るのは、技術と経験が必要です。俺は、知識はあっても経験はありません。だから、これから試行錯誤を繰り返して質の良い木炭を作るんです」
◇◆◇ ◆◇◆
浴場に、トイレに、炭焼き小屋。
この孤児院改造計画の中心である三つの施設が形になるのを見ながら、俺は感慨に
「随分大掛かりなことになったが、この資金は一体どこから出てるんだ?」
「この前の
「
「ええ、だから自分の為に使っていますよ。
宝石に埋もれ、世界の甘味を味わうより、
子供たちが清潔にし、綺麗な服を着て、色々な仕事を覚えることが出来る環境を作ることの方が、俺にとっては有意義なお金の使い方なんです。
だって考えてみてくださいよ。世間からはただの『
『生まれは何にも勝る選ばれし者の
これ以上痛快なことは、そうそうありませんよ」
「……お前、何か貴族に恨みでもあるのか?」
「特にありません。ただ、『
「やっぱり何か、恨みがあるんだな」
……そうなのだろうか? ただ前世ゆえ、身分差とか貴族の神聖性とかが無意味と感じるだけだと思うのだが。
今生では、人間との付き合いはこの街に来てからはじめたようなもの。実父に対して特に何か思うところはないし、実母に対しても憐あわれみを覚えはしない。
なら貴族に対して恨む理由も……待て。
何故「貴族
それ自体が意識している証ではないのか?
俺は生まれたその瞬間から自我があり、前世の記憶を元に人格を構成してきた。
だからこそ、俺の人生はこの街に来てから始まり、それ以前はその為の準備期間に過ぎなかった筈。
けど。
俺は、確かにこの世界に生まれ、そして生きていた。
幼い頃の日々も、確かに“俺”を形成する為の要素になっていた。
そういうことなのかもしれない。
前世の記憶があったから、『自分の精神年齢は前世の享年プラス今生を生きた年数』などと
なら、年頃の子供たちのように、俺もやはり親を恋しく想っていたのかもしれない。
だからこそ。
孤児院の子供たちに、出来る全てのことをしたいと思ったのかもしれない。
『子供の為に、出来ること全てやる』という、“理想の父親像”を体現したいが為に。
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