#26

「木炭の作り方を教える、だと!」




 俺がその条件を口にしたことで、鍛冶師ギルドのギルドマスターのみならず、列席したギルドの幹部たちは騒然となった。その意味は……




「そうだ、ギルドの秘匿ひとく事項を流出させる。子供たちは院を卒業した後、その知識を様々さまざまな方向に持ち去り広めるだろうな。




 が、はっきり言って、俺はこのギルドで行っている木炭の作り方は知らないんだ」


「え?」


「俺の知っている限りでも、木炭の種類は大きく分けて二つある。


 その作り方も、結構色々ある。


 それ以外にも木材片……大鋸屑おがくずから作る炭もある。


 そして、同じ木炭の作り方でも、出来上がりに差が出ることもある。




 だから、孤児院産の木炭も、ギルド産の木炭と同じ基準でギルドに卸したい」




「その目的は?」


「純粋に、競争だよ。


 俺の知識に基づいて作られた木炭の方が良質であれば、ギルド産の木炭は売れなくなる。




 そうしたらアンタらはどうする?


 俺に技術をたずねるか?




 けど、俺はそれには答えない。


 アンタらは、自分たちがこれまでたからとした木炭の作り方を見直し、より高質な木炭を作る方法を考えなければならない。




 もし孤児院産の木炭の方が質が悪いのだとしたら、ギルド産より安く卸すだろう。


 そうしたら、質が悪くても構わないという職人は、孤児院産を選ぶだろう。




 そうしたらアンタらはどうする?


 ギルド産の木炭の値下げを考えるか?


 それなら今までギルドの保護下にあった炭焼き職人は、収入が減って困ることになるだろう。




 アンタらは、孤児院産の木炭も、ギルド産の木炭と同じ値段で販売するか?


 それなら孤児院産の木炭はギルドでは売れなくなるだろうから、孤児院から直売することになるだろうな。質が悪くても値段が安ければ喜ぶ顧客は多くいる。


 もしかしたらギルドに卸すより、大きく儲けることが出来るようになるかもしれない。




 そうしたらアンタらはどうする?




 そうやって考えていくことが、文明の進歩に繋がるんだ」




☆★☆ ★☆★




 鍛冶師ギルドは、製鉄には木炭が必須と知っていながら、その理由を知っている訳ではない。


 けれどそれが必須である以上、木炭の製造をギルド以外が行うことになれば、職人たちに対する優位性が一気に崩れることになる。ギルドにとって、職人たちとこれまで通りの関係性を維持することが出来なくなるのだ。




 その一方で、俺に対して知識的優位を主張出来る立場ではないことを、彼らは既に気付いている。


 勿論もちろん、そこは多分のはったりで粉飾されている。アニメキャラの名言を借用するなら、俺は「何でもは知らない、知ってることだけ」なのだ。彼らが知りたくて、けど俺も知らないことなどいくらでもあるのだ。




 それでも、今後公開する知識チートとの兼ね合いもあり、ここでへこませておかないと、その時に対等な取引が出来なくなる。


 だから強気で交渉に臨んでいるのだ。




★☆★ ☆★☆




「いいじゃろう。その三条件、全てうけたまわった」




「マスター!」


「わからんのか。こ奴は“条件”などと言っているが、本来ならその条件を出す必要さえないのだ。


 『我々のことが信じられない』。その一言で切って捨てることも出来るのだからな。


 だが、その上で敢えて“条件”を出している。


 それはこ奴にとって、我々と協力関係にあることで何らかのメリットがあるからなのだろうが、それは同時に我々も新しい知識に触れる機会チャンスにもなる。


 なら想定外の収入の減少や古い知識の流出など、些細なことだろう」




◇◆◇ ◆◇◆




 そして2-3補足となる言葉を交わしたうえで、俺たちはシンディさんと別れてギルドを辞した。




「結局、あたしは一緒に来た意味がなかったな」




 アリシアさんが愚痴ぐちっているが、




「そんなことはありませんよ。孤児院に帰ってからセラさんへの事情説明が楽になります」




 アリシアさんが一連の話を聞いていた。それだけで十分、俺としては助かっているのだ。




「それにしても、鍛冶師ギルドの秘儀ひぎである“木炭”を孤児院で作る、か。木炭とは一体どんな物なんだ?」


「実物はいずれ。具体的には、鉄鉱石を鉄に変える、不思議な燃料です」


「え?」


「薪やその他の燃料、そして魔法の火でも、鉄は作れないんです。


 木炭は、現在の技術で鉄を作れる唯一の燃料なんです」




「魔法の火でも無理なのか」


「だからこそ、鍛冶師ギルドは魔術師ギルドと勢力が拮抗出来るんです」


「けど、魔術師ギルドも遊んでいる訳じゃないだろう?」


「ええ。だけど、現在の魔術師ギルドのままでは、あと何百年研究を続けても、魔法で製鉄を行うことは出来ないでしょう」


「何故?」


「彼らは、魔法の火というモノが、一体何であるかを知らないからです」




◇◆◇ ◆◇◆




 孤児院に戻ると、既に第一号の服が完成していた。




「おお、出来たのか」


「ううん、これ失敗作」




 え?




「ミリアは完璧主義者のようだな。私たちはこの服でも十分完成品と看做みなせる」


「オリベせんせー、それはお店に出せるってこと?」


「ああ。値を下げれば買っていく者もいるだろう」


「それはつまり、私たちみたいな孤児や貧民街スラムの人たちなら買う、ってこと?」


「そっ……その…………」


「ならやっぱり失敗作だよ。ちゃんとした服を作れなきゃ。


 それこそ生地を選べば、きぞくの人たちが着れるくらいのを作るの」


「いや、貴族の服はちゃんと採寸して……」


「わかってる。でも貧民街の人たちかわない服じゃいみがないの。


 まちの人たちがふつうにほしがる服を、貧民街の人たちでもかえるねだんでうるの。


 オリベせんせーみたいな一流針子が縫った服だとたかくなっちゃうけど、孤児が縫った服ならやすいでしょ?


 それがアレクおにぃちゃんが院の子たちに服をつくれって言っている意味なんだから」




 ……いや驚いた。確かにミリアのいうとおり、院で下請けをするのはコストダウンの意味があり、その結果は最下層住民の生活レベルの向上であり、最終的には治安改善の一助となる。


 セラさんにもアリシアさんにも、ただの収入源・兼・職業訓練の一環、としか話していなかったのに、この娘は正確にその価値を理解している。




 セラさんとアリシアさんが目をまんまるにしている理由は、ミリアの聡明さだろう。残念なことに、ミリアの言葉の本質的な意味はまだ二人にも理解出来ない。


 一方でオリベさんの目がまんまるになっている理由は、彼女も考えたことがなかったのだろう、自分の作った服が売れることの、副次効果など。




 昔から、服はその人の社会的立場を表す。貧相な服を着る人は貧相な暮らしをしているし、豪奢な服を着る人は裕福な暮らしをしている。だからこそ仏教では、閻魔大王の前で奪衣婆だつえばという鬼が死者の服を脱がせ、懸衣翁けんえおうという鬼がその服を衣領樹えりょうじゅに吊るして重さを測り、それを以て生前の罪の重さとする、つまり服が虚飾の象徴として描かれるエピソードがあるくらいなのだ。




 貧民と平民が、同じ服を着ることが出来る。それは確かに、貧民にとって貧民街脱出の為の第一歩なのである。

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