#21
「数字と記録の価値はわかった。では読み書きは?」
アリシアさんのその問いに対し、俺はこんな返しを行った。
「俺がこの孤児院の改造を言い出した時、アリシアさんは言いましたよね。『大貴族の
それこそが答えです。
今生きるのに必要な知識だけしか持っていなければ、それ以上のことを考えようとしなくなります。
遠い国の言葉に『衣食足りて礼節を知る』というのがありますが、ある程度以上豊かな生活をしていなければ、生活すること以上のことが考えられなくなるんです。
けど、なら貧しい間は礼儀作法や一般教養はなくて構わないのでしょうか。
そんなことはありません。色々なことを知れば、それだけ出来ることが増えます。つまり、豊かになる手掛かりが見つかるんです。
『衣食足りて礼節を知る』。衣食足りてからようやく礼節を考えるのではなく、貧しいうちから礼儀作法と一般教養を学んでおくことこそ、衣食足りる生活をする近道なんです」
知識があれば、そしてそれを記録し伝えることが出来れば、それ自体が大きな力になる。
身分もなく、財産もなく、誰の
だから、ここでそれを学ぶ場を作るのだ。
アリシアさんの問いに正面から答えるのなら、こうなるだろう。
「文字が読めれば、書を読める。
書を読めれば、古人の記録を読める。
古人の記録が読めれば、その興亡の
過去に栄えた国・亡びた国のその経緯がわかれば、そしてそれを現在のこの領・この国に照らして考えれば、現在この領・この国がどこに向かっているかがわかります。
例えば、孤児院という施設が何故生まれたのか。どういう意図で運営されていたのか。
それが何故忘れられていったのか。何故今町長は孤児院に補助金を出し
そういったことさえ、過去を学べば簡単にわかるんです。
そして字を書くことが出来れば、それを大衆に
未来に記録として残すことも出来ます。
それは今には役に立たないかもしれないけれど、未来に
また問題がわかれば、それに対する方策を考える余裕も生まれます。『未来』っていうのは、誰とも知れない誰かのことではありません。明日の自分だって『未来』なんです。
今日の自分にとって何も知らなければ、それが全てでそれが正しいとしか思えなくても、昨日の自分の記録をもとにより良くする
アリシアさん、セラさん。
二人は明日の、未来の自分のことをどこまで精密に
二人は、言葉を失った。
だから俺は、(急に難しい話が始まって目をぐるぐるさせていた)ミリアの頭に手を置いて、
「俺にはこの子が将来、貴族の屋敷の侍女となり、やがて若様の目に留まり、正妃は無理でも若様を支える第二夫人になれるくらいの知識と教養を身に付けている。そんな未来が見えます」
「わたし、おひめさまになれるの?」
「なれるよ。誰よりも賢く、誰よりも聡明で、誰よりも気品ある、大人の女性になれば」
「ならなる。けど知らない若さまのおひめさまになるんじゃなく、アレクおにぃちゃんのおひめさまになりたいな」
「う~ん、困った。その為には俺は、お殿様にならないと」
「なれるよ。誰よりもかしこく、誰よりもそーめーで、誰よりもきひんある、大人のオトコになれば」
「そうかわかった。ならそうなって、ミリアを迎えに来なきゃな」
「絶対だよ。約束だよ」
無邪気なミリアと他愛ない約束をして、ミリアを皆のところに戻らせた。
◇◆◇ ◆◇◆
「話はよくわかった。しかし具体的にはどうすれば良い?」
「教材は一つ一つ、これから作らなければいけないでしょうが、遊びながら学べるものが理想ですね」
「遊びながら?」
「子供たちはどうしても集中力に欠けます。けど遊びなら、疲れるまで続けられるでしょ?
子供たちにとって、つまらない勉強をしているのではなく、楽しい遊びをしているうちに、多くのことが学べるのであれば、それに越したことはないでしょう」
「その通りだが、教える側にとってはその方が大変だぞ」
一応、アイディアはある。
例えば、カードゲーム。というより、
剣のイラストとともに文字で「剣」と書いておけば、「剣」という文字を覚えられるだろう。例えば、小剣の攻撃力を「3」、大剣の攻撃力を「7」と規定して、ゲームのルールでバトルさせれば、現実で相手が大剣を手にしていたら危機感を覚えるようになるだろう。またHPやSTR、DEXといったステータスを定めて実際の攻撃力を計算させれば、単純な加減乗除を覚えることが出来るようになる。
こういった、遊びと学びを一体化させた教材を作れば、子供たちもストレスを溜めることなく勉強出来る。
ただ何にしても、外部に協力者が必要なことだけは、確かである。その為にも基本的な骨子だけは、この三人で決めておく必要があるだろう。
あの、子供たちの為のも。
☆★☆ ★☆★
この数年後。
孤児院出身の伯爵夫人が誕生する。
生まれながらの令嬢よりも優雅な振る舞いと、下手な賢者よりも
その夫人は、国が亡びに臨んでいるとき、そのことをいち早く夫たる伯爵に警告し、その未来を回避する為の多くの
甲斐かいなく国の滅亡が避けられないとなると、伯爵家とその親族、そして領民たちが死なずに済む道を示し、これらの多くを救ったのである。
しかし、その伯爵夫人の幼き日。夫人に道を示した人物のことを知るものは少ない。
その人物がその後どのような人生を
夫人の夫となった伯爵がその人物その人ではないことだけは、どうやら間違いないようだが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます