#19

 いきなり始まった“自称”博物学者の衛生学講座のあと、孤児院を出るシンディさんを送るという名目で同道することにした。




「わざわざ口実を作って一緒に出てきて、何を考えているの?」


「いえ、約束を先送りにするのは趣味じゃないんで」


「約束?」


贈り物プレゼントする、って約束しましたでしょ?」


「……あたしは冗談のつもりだったんだけどね」


「俺は本気ですよ。勿論もちろん、口止め料も含めていますけど」


「口止め?」


「あの小剣ショートソードと料理包丁の件とか、それ絡みであの二人の前で変にからかわないでほしいとか、そういった諸々もろもろです」


「成程なるほど。なら何ら気兼ねせずお強請ねだりするとするわ」




(……「おねだり」って言葉に、ひらがな表記の甘いイメージじゃなく、漢字表記の強引なイメージが伴ともなっていたのは、多分気の所為せい、だよな?)




 そんな訳で、取とり敢あえず、隊商が屋台を並べる市場いちばへ向かった。




◇◆◇ ◆◇◆




 はずだったのが。




「ねえ、これ似合う?」




 何故か、商業区の服屋に来ていた。




「いや、俺に女性服の良し悪しを聞かれてもわかりませんよ」


「もお、女心がわかってないな。色々あるでしょ? デザインが良いとか、色合いの好みが良いとか、着こなしが良いとか。何かないの?」


「……鍛冶仕事をするには、フリルが邪魔なのでは? 引火しますよ」


「誰が作業服を選べと言ったの!!!」




 服屋、といっても前世日本のブティックのような店ではない。


 この世界の服屋が扱う「服」というのは。まず貴族が自分の物を仕立て、一度着た後それを召使いに下げ渡す。召使いはそれを自分が使えるように飾りを外し、見栄えより使い勝手が良くなるように裾を切ったり袖を継いだりし、取り敢えずボロくなるまで着る。その後この服屋のような古着屋に卸して平民が着て、更に着古したものは古着屋が買い取り貧民に回される。


 当然ながら初めから平民が着ることを目的とした服もあるが、それはその家で作り、最後は雑巾になる運命だから市場には出回らない。




 この店も、貴族に対する仕立てを行っており、領主の奥方や令息・令嬢の為の服を仕立てたこともあるのである(といっても別にこの店だけが領主御用達という訳ではないが)。




 はじめは「どうしてこうなった?」と頭を抱えそうな気持をこらえるのが精一杯だったけど、考えてみれば『孤児院改造計画』の中には針子下請けもあった。丁度良いから聞いてみよう。




「すみません店員さん、ちょっとお尋ねしたいことが」


「あら何かしら?」


「平民の、ちょっと裕福な立場の人たちに、未使用の服を売る、ということはしていないのでしょうか?」


「何を言い出すのかと思えば。無理よ。


 人なんて皆、体の大きさも形も違うんだから。服を仕立てようと思ったら、それを買えるのは貴族か豪商くらいしかいないわ」


「でも極端に体格が違う人は、それほど多くないでしょう? ならそれらは例外にして、何種類か基準になる大きさの服をあらかじめ作っておいて、あとは裾を詰めるなり袖を継ぎ足すなりすれば、随分コストダウン出来ると思いますが」




 そう。既製服プレタポルテの考え方だ。




「……面白いことを考えるのね。でもやっぱり無理ね。だってどんな熟練の針子でも、全く同じサイズの服を何枚も作ることは出来ないもの」


「出来るとしたら?」


「……どういうこと?」


「今はまだ何とも。ただ想像イメージしてみてください。平民が、平民でありながら、色とりどりの服を着て、または色んな意匠デザインの服を着て、その組み合わせで趣味を競い、そのデザインで店を選ぶ時代。そんな時代が来るとしたら、この店はどんな服を置きますか?」


「……生地と染め、そしてデザインで選ばれる服……」


「いい加減な針仕事、まだらな染めや粗悪な生地を扱う店は、平民からすら嘲笑わらわれ相手にされなくなり、確かな技術と良質なデザインでのみ店が繁盛出来る。レースやフリル、リボンを飾るだけならいくらでも量産出来るようになり、それしか能がない服屋は貴族どころか平民からも見捨てられる時代」




「面白い、時代になると思うわ。それこそ、うちの店が輝く時代ね。


 けど、その前提になるのは、全く同じサイズの服を量産出来る。キミのいうそれが現実なら、の話ね」


「わかりました。では賭けをしましょう。


 まず、そこのお姉さんに、服を一着仕立ててください。


 その服と同じ服を20着、こちらで仕立ててまいりましょう」


「全く同じ?」


「厳密には、完全に同じにはならないと思います。多分生地がもう少し安めのものになるでしょうし、染めもコストダウンすると思います。装飾品も安物にしかならないでしょう。また縫製技術も、この店のお針子に劣るでしょう。


 けれど、“お店で仕立てたものと同じ”ということ以上に、“規格化された服”を作れるのであれば、俺の言う話が絵空事ではない、という証拠になるのではないですか?」




「よし。その賭け乗ったわ。あ、言い忘れていたわね。あたしはこの【ミラの店】の店主、ミラよ」


「冒険者のアレクです。最近は孤児院で寝起きしています」


「アレク、ね。何となく誰かに似ているわね。……そう、身嗜みだしなみを整えれば、領主の息子を名乗っても違和感がないかもしれないわね」




(この人は、実父やその奥方、半分血の繋がった兄弟姉妹に服を仕立てたことがあったんだ)




「ただのアレク、です。領主の息子がこんなところにいる訳がないでしょう?」


「……そういえば、……いえ、何でもないわ。その通りだわね」




「変な詮索せんさくをした罰として、シンディさんの為に仕立てる服は二着お願いします」


「なんで増えるの?」


「一着はバラバラに解体しますし、それ以上に俺みたいなガキからとはいえ男から贈られた服と同じデザインの服が、今後20着も世に出るとなれば、あまり気分が良いとはいえないでしょう」


「わかったわ。じゃあそこの彼女。採寸するからこっちに来て」


「あ、はい、わかりました」


「俺も同席させてもらいます」


「男子禁制。」


「わかってますけど、今回は譲れません。賭けの一環です」


「理由としては不十分ね。立ち合いたい理由をもう少し正確に言いなさい」


「俺は服の作り方を知らない。採寸の仕方を知らない。だからそれを見れば、俺の賭けの勝率が更に高くなります」


「……彼女の裸が見たいのではなくて?」


「それはないとは言いません。けど、憧れのお姉さんの裸を見てドキドキするより、今は大事なことがあります」


「私との賭けに勝つこと?」


「厳密に言えば、その成果です。だから、俺もその賭けの工程を隠しはしません」


「おーけー。じゃこっちに来て」




「……アレク君、どうしてこうなったの?」


「運命の導き、とでも思ってください」


「それは何か違うと思う」




 そして俺は、美女の生着替えと採寸の様子をつぶさに観察したのである。




「えっちな視線がまとわりついて離れない。やっぱそれが目的だったんでしょう」


「失礼な。裸が見たいだけなら、孤児院で浴場が出来てから一緒に入浴することを要求しますよ」


「キミ、本当に何歳いくつ? 無邪気な子供かスケベなおっさんか、わからないんだけど」


「見た目通りです」


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