13夜目のためのお話:贈り物の理由
エーファが神殿にいた頃、ランベルトもまたリーヌスとともに神殿に来ていた。先日の下見を元に立てた警備の計画を神殿側と共有するためだ。
「あの人、エーファさんに似ているような……?」
神殿の中に入ったランベルトは、立ち止まって一点に目を凝らした。視線の先にいるのは、栗色の髪をハーフアップにした女性だ。
髪の色は異なっているが、顔立ちはエーファそのもの。
質素な服装だが、首元には銀色の美しい毛並みの襟巻をつけている――かと思えば、よくよく見ると小さな仔犬だった。ずいぶんと不思議な装いをしている。
「あれはシリウスで、やっぱりあの人はエーファさんなのでは……?」
「団長ったら、また氷晶の賢者殿のことですか。このところ、ことあるごとにエーファさんと口走っていますよ。すっかり首ったけですね」
「首ったけなんて……私が片思いしているかのように言うんじゃない。彼女を見張っていないといけないから気がかりになっているだけだ」
「贈り物を用意していたのに?」
「あれは……魔杖のためとはいえ店の看板を中途半端にいじってしまったから、どうにか見栄えよくしようとしただけで――」
「その割には、あの方のためを思って魔除けになる装飾を選んでいたではないですか」
「夜に店を開けていれば、何があるかわからないだろう。酔っ払いに絡まれることや、魔物に襲われる可能性がなくはないからな」
たとえエーファが王国最高峰の魔法使いであったとしても、必ずしも自分の身を自分で守れるとは限らない。魔物討伐と同じように、いつ何が要因して危機に陥るのかわからないのだ。
「やっぱり、恋していますね」
「だから、違うと言っているではないか」
「いいですか? 恋とは理由をつけて会いたくなったり、笑顔であってほしいと願うようになったり――贈り物をしたいと思う相手ができることです。今の団長は全て当てはまっていますよ。あなたがこんなにも気にかける女性はいなかったじゃないですか」
「……」
そう言われると、否定の言葉が出てこなかった。リーヌスの言う通り、今までこんなにも誰かを気になりはしなかったのだ。
貴族家の跡継ぎ――それも由緒正しい公爵家の令息として育てられてきたランベルトは、いずれは親同士が決めた婚約者と結婚するものだと教え込まれていたため、恋愛のれの字も頭の中になかったのだ。
恋愛は自分とは無縁のもの。その考えがランベルトの意識の中から恋愛を隠していた。
結婚とは貴族の義務で、政治的な繋がりを強くするためのもの。それ以上のものは不要と捉えており、求めていなかった。
そのため、縁談の度に女性たちから愛情を求める言葉に、どうしても疎かった。彼女たちに不自由させるつもりは微塵もなかったが、かといって笑顔にしたいといった考えが思い浮かんだ試しがない。
――しかし先日、エーファ・ヘルマンが無邪気に笑う表情を見た時は、もっとこの笑顔を引き出してあげたいと思った。
ドクンと胸が大きく脈を打つ。ランベルトはそっと自分の胸に手を当てた。
今までに経験したことのない胸の騒めきに、ただただ困惑する。
「そういえば、ずっと気になっていたんですけど――どうして団長は氷晶の賢者殿のカフェに入ったんですか? 団長の話によると、店は平民区画にあるんですよね?」
「……少し、頭を冷やしたくて街を歩いていたんだ。そうしたら、気付いたら店の前にあの店があった」
「仮にも次期公爵家の当主が一人で夜の平民区画を散歩ですか……まあ、深くは聞きませんけど」
「ああ、そうしてくれ」
リーヌスは不必要な詮索をしない。それがランベルトにとってありがたかった。
貴族である以上、他人の詮索からは逃れられない星の下にいるのだが、決して慣れているわけではない。表面上は何事もないように装っているが、内心うんざりしているのだ。
「おや、氷晶の賢者殿らしき方に話しかけている人がいますね」
「あのお方は……フリートヘルム殿下?」
相手はくすんだ焦げ茶色の外套を羽織っており、フードを深く被っている。一瞬だけ、そのフードの下にある顔がよく見えた。
水色の髪と金色の目――ともすると相手を委縮させてしまうような威厳のある顔つきは、もうひとりの従弟であるフリートヘルムに違いない。
フリートヘルムと話しているエーファは楽しそうに笑っている。自分と話している時より、ずっと気を許しているように見えた。
自分には先日のヒルデを励ました話をしてくれた時にしか、あのような笑みを見せてくれなかったというのに。
心がざわりとして落ち着かない。
焦りのような、切実に何かを求めるような、上手く把握できない複雑な心の状態に困惑した。
「エーファさん、あんな顔もするのか……」
「仲がいいからでしょうね。あのお二人は元上司と部下ですし――幼いころから付き合いがあるらしいですから。……一時は喧嘩ばかりして魔法兵団の団長がハゲになるまで追い込まれていましたが、喧嘩するほどなんとやらと言いますよね?」
リーヌスは片目を瞑り、開いている方の目でこわごわと上司の顔色を窺う。
「やれやれ、怖い顔をしている。ご自身の気持ちに気づいた暁にはどんな反応をするのやら……」
全てを兼ね揃えているくせに恋愛に疎く不器用な上司の反応に、先が思いやられてこめかみを押さえるのだった。
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