切りさく刃

「え、ちょっと、あの、この格好じゃ、その……」

「その格好を見せにきたんだよ。ずかしがってちゃ本番踊れないよ?」

「この格好で! このような、短いスカートや透ける素材の服で踊れとおっしゃるのですか!?」

 恥ずかしさからか、フィーネが声を荒らげる。インカーが責められるのを見てライサが口を挟んだ。

「あのナァじょうちゃん。俺達は祭のためならなんだってするんだ。恥なんか言ってたら思いっきり楽しめないもんな。……それに、キャミはかなりエ……官能かんのう的な女神だから、それでもまだ布多い方だと思うぞ」

 ライサはかなり慎重しんちょうに言葉を選んだが、フィーネをまっかにさせるにはじゅうぶんだった。インカーは呆れて幼なじみを見遣みやる。

「ライサ、お前ひとこと多い」

「んだよ、俺なりに言葉に気をつけて綿わた菓子がしみたいにして言ったのに。インカーならもっと上手に言えるってのか? 言ってみろよ」

「じゃなくて、最初から言わない方がいいっつってんの」

「おー怖い怖い、鬼ババのお小言こごとなんか聞きたくありませんねェー」

 ライサは耳をふさいで大声でさえぎったあと、逃げろ、とさけんで屋根から地面に飛びおりた。


「悪いね、あいつ的には悪気はないんだが……うちのペットの不始末ふしまつは私の責任だからね。謝るよ」

「ペットって……ライサむくわれないな……」

 レオンはこっそりつぶやいた。インカーの中ではライサが彼女と同い年だということがまるきり抜けおちているようだ。

「ああそうだ、インカーさん。水の神様の仮装かそうなんですから、僕はもう少し装飾そうしょくを増やした方がいいと思いますよ」

「そうかい? でもねー、私の食い扶持ぶちから費用出してるから、言いたかないけどそろそろちょっとキツいんだ。スッスのも作らないといけないし」

 あわててセルシアが何か言おうとしたその時、

「ほーら、俺の出番だー! いつも迷惑かけてる俺に恩返しのチャンス!」

 上方から声がして、四人はそちらを振りあおぐ。いつのまに移動したのか、インカーの背後の屋根にライサが仁王におう立ちしていた。

「ガキの手をわずらわせるほど困窮こんきゅうしちゃいないよ。私は名誉めいよしょくだからね」

「でも実は俺の方がかせいでたりするんだけどなー! なんてったって俺は銀竜バッジ三つも持ってる伝説の勝負師だから」

「その金は全部たのしみの方に流れてっちまうんだろ」

「ちょっとムズムズするのさえ我慢がまんすりゃ貯めるのなんてわけないね」

「じゃあお前の未来のために取っとくんだな。早く安定した職について屋根モンから足洗えるように」

「そんなの一月後からはじめても大丈夫だって!」

「あーもう! そんなに金余ってんなら自分の家建てろってんだ!」

「だって屋上人って気楽でいいんだも〜ん」

「お前はいいかもしれないけどなぁ、私は……」

 ヒートアップしていたインカーは、ハッとして口をつぐんだが遅かった。

「あ、いや……今のは」

 ライサの目は瞬時しゅんじくもった。

「そう、なのか。俺やっぱうとまれてたのか。……」

「違う、そういうつもりじゃないって……」

「いやもういい。もう遅いっての! 本音はそれだよ、分かっちまったよ」

 全然遅くない、今すぐ引きとめてくれといった悲愴ひそうなようすでライサはつぶやいた。しかし、インカーは背を向けた。

「……もういいんなら、早く出てけよ。私もな、ずっと今の状態はライサの将来にとってよくないと思ってたんだ。ちょうどいい機会だ、独りだちするための、な……お前もそろそろ足を洗うべきだよ。ガキだからって許される歳でもなくなってきてる。今が働きざかりの入り口なんだ。

 私はお前に、地下の地下のゴロツキどもといっしょの無意味な奴にはなってほしくない。だから、自立しろ。自分の家を持って、一人で生きて、家庭を持って、一人前の男になれよ。そしたら恩がえしも受けてやる」

 ライサは自分の耳が信じられないかのように両耳を鷲掴わしづかみにし、目を大きく見ひらいて聞いていた。そしてインカーの説教が終わると、ぎゅうと二、三度しっかりまばたきし、のどの奥からしぼりだすようなかすれた声を出した。

「……まるでよォ……ごりっぱな親御さんのような言いぐさじゃねェか、あァ?」

 彼はほほを引きつらせた。あるいは笑おうとしたのかもしれない。インカーはムッとしてライサをにらんだが、それがライサを逆上ぎゃくじょうさせた。

「んだァ? その目は。私はお前のためを思って……ってヤツか?

 俺ァ十八だ! 手前てめえと歳も違わねェ奴にガキ扱いされたかねェ、赤の他人に親代わりになって心配してもらう歳でもねェッつってんだよ! 俺だって人間なんだ、ガキとかペットとか言われて腹立たねェわけがあるかッ!!

 ……あァ? もしかして俺が傷ついてたことさえ知らなかったか!? そうだよな、俺の気持ちなんかわかるはずねェ、貴様はいつだって他人の気持ちなんかこれっぽっちも気にかけたことなんてなかったもんなァ!!? 自分の家建てろだと!? そんなモン……、とっくの昔に持ってるってェの! それでもこの屋上を離れなかったのはなァ、……」

 そこでライサは言葉を切り、頬に流れたものをぬぐった。その手で腰の短剣を引きぬき、渾身こんしん怒声どせいもろともインカーに投げつけた!

 インカーは呆然と立ちつくしたまま、身じろぎもしなかった。短剣は彼女の左腕を切りさき、床に突き刺さった。一テンポ遅れて血が噴きだす。傍観者ぼうかんしゃ達はあわてて彼女のそばへ駆けよった。しかし彼女はライサを見つめたままだった。ライサはじろりと睨みかえした。

「いいかうるわしの偽善者ぎぜんしゃ殿どのよぉく聞け。俺はインカーが好きだが貴様のことは生涯しょうがいかけて憎み、俺の永遠の仇敵きゅうてきとみなし、毎週今までの借りを金で返すことを、貴様の左腕を切りさいたそのズズの短剣にけてちかう。なんでこんなややこしいことになったのか、自分の過去の言動でも振りかえって考えてみるんだな。レオン、その短剣引っこぬいてこっちに投げてくれ」

 レオンは言われたとおりに短剣を引きぬき、投げるのをためらった。

「やっぱだめだ。人を憎むもんじゃない。好きな人なら尚更なおさらだ」

「うるせー、新参者が口出しできるような簡単な話じゃねェんだよ。いいからさっさと寄越よこせ」

 するとインカーが無言でレオンから短剣を奪い、右手でライサに放りなげた。ライサはそれを器用に受けとると、フンと鼻を鳴らしてインカーの家の屋根から飛びおりた。

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