セルシアVSリノ

 金色の旋風せんぷうのようだ、とセルシアは思った。

 リノはやはりというべきか、片手剣を持ちながら人間離れしたはやさでセルシアに猛攻をしかけてきた。セルシアが間一髪でそれを全て受けきれたのは、彼の生来せいらいの才能と、音の剣の増幅による、異常なまでの聴力の賜物たまものだった。

 弾む呼吸を聞く。

 筋肉のきしみを聞く。

 体重を掛けた瞬間の砂のこすれを聞く。

 それらから太刀たちすじを読むことで、動きが目に見えてわかってから対応するよりも早く動けるようになり、結果的になんとかすべてさばいていた。

 リノは自身の攻撃が読まれていると感じ、まずはじめにクラッキングを疑った。しかし、自身の攻性防壁ファイアウォールは何も反応していない。

 では自分と同じブーストのたぐいか? しかし、スキャン情報には何も載らない。そもそも、セルシアのデータは事前にすべて読んでいるのだ。そんな秘策があったとして、自分が知らないはずはなかった。

(確かに、この人は異常に耳がいい……。でも、まさかそれだけで?)


 ついにリノの剣が押しかえされる。リノは距離を取り、不敵にんだ。

「おどろいたよ、セルシアさん。この僕のブーストに、なまでついてくるとはね。大した聴覚だ」

「やはり、ご存じでしたか。僕くらい耳がいいとね、その人の心の声まで聞こえてくるんですよ」

「……なんだって?」

 読心どくしんということは、やはり盗聴されているのか?

 リノは、周囲のナノマシンに司令を出し、自分の周囲の攻性防壁を一段階高めた。セルシアは何かを聞きわけたのか、少しいぶかしげな表情を浮かべる。これでも読まれると、電磁スキャンに使っている分をそちらに回さないといけない。

 でもそうなると、レオンの影分身をセルシアも使ってきた場合に、防げなくなる。読心の発言はフカシかもしれない、そのために実際発動しかねない技に対する防衛策を捨てるのは悪手だろう。

(読まれてでも、やってみるしかないよね……!)


 セルシアも、防戦一方で攻めあぐねていた。リノの動きが速すぎて、すきを見つけたと思った瞬間閉ざされる。わざと用意されているらしい隙に手出しをしようものなら、確実にられるだろう。そのわなは十七歳の若者とは到底思えない、熟練の技術だった。

 やはり、音の剣で隙を作るしかない。

 聴覚破壊は永続しないと雷様からくぎを刺されてはいるが、逆に言えば、一時的には十分な有効打となりうる、ということに違いない。

 空飛ぶ鳥が落ちるほどの爆音波ばくおんぱを、脳内に叩きこむのだ。


 リノが打ちこんだ瞬間、バーン!と何かが破裂するような激しい衝撃が頭を襲った。一瞬にして防御モジュールが打ち消したが、思わず後ろにふらつく。セルシアはその隙を逃さず左上から袈裟斬けさぎりに音の剣オルファリコンを振りおろした。


 ギキン!!


 スッと出てきた剣に防がれる。

(なんだとっ!?)

 今のはありえない動きだ。

 絶対に見えていなかったし、体を支える足は出ていなかったし、息を吸う音も聞こえなかった。

 リノの体が意識と切りはなされ勝手に動いた……

 そのように思えた。


 すぐさまリノは距離を取り、セルシアをにらんでくる。

「危ないな……、おい、やってくれたな?」

「おかしいな、そんな反応できるような半端なダメージじゃなかったはずだけど?」

「残念だけど対策済みだよ。音響兵器が使われてそうな入力はカットされるんだ」

「それでいて、僕の声は聞こえてるってわけか。さすがの腕前ですね」

 セルシアは歯噛はがみした。音の剣でダメージを与える目論見もくろみは外れたし、隙を作っても意識外で体を動かす技術を持っているらしかった。

(あとはもう、消耗戦しょうもうせんか……しかたないな……)

 リノも同じことを思ったらしく、綺麗な顔をゆがめた。


「次もあるし、おたがいにこれ以上の消耗戦は避けたいだろうからね。悪いけど使わせてもらうよ」

「何を……、……っなん、だ、」


 セルシアの視界が突然揺らぐ。目を回しているのか。立っていられない。ひどい耳鳴り。ノイズ。土の匂い。酸の臭い。吐き気。口が勝手に開いてくる。うなり声。幻視。幻聴。浮遊感。

「これ、は……ぐ、うぅー……」

「はい、チェックメイト」

 突然うずくまったセルシアの無防備な首に、リノはトンと剣を置いた。どよめきが歓声に塗りかわる。勝者、リノ。


「リノ、ちゃん……もしかして、あの時の」

「できればこんな勝ち方したくなかったけどね。あなたに負けるわけにはいかないんだよ」

 リノがしゃがみこみ、セルシアはだらしなく緩んだあごに指を突っこまれた。口蓋こうがいをそっとでられる。すると、さっきまでの不調はうそのようにセルシアは正体を取りもどした。

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