法に優先されるもの

(何だ、今の?)

 レオンはクリスの態度たいど不気味ぶきみさを覚えた。セルシアも表情には出さないが遠巻とおまきにじっとクリスを観察している。サンリアがレオンのそばに座って小声で話しかけた。

(今、絶対記憶消された……感じ、よね?)

(反応変だったもんな)

(右頬の雷様の模様が光りましたね。何かの干渉かんしょうを受けたのだと思います)

 当然のように離れた場所から口も動かさずにセルシアが内緒話に参加してくる。音の剣とは便利なものだ。

(ちょっと、雷様……怖いわね。今回は助かったけど)

(マジでごめんな。完全に気が抜けてた)

(気持ちは分かります、クリス君を警戒けいかいするのは難しい。気さくで気楽で、滔々とうとうと話すからついこちらの口も軽くなってしまう。僕も気をつけなければ)

(毎回記憶消されてると脳にもヤバそうだしな。悪い人じゃないみたいだから負担になりたくない)

(脳にもヤバいの? 私は単に常に雷様に見張られてるのが怖いって話だったんだけど……というかこの調子で監視かんしが行き届いてるならイグラスの兵なんか入りこめなさそうよね)

(確かに。でも、イグラスの技術レベルが分からないので、軽く見るのはいけませんね……)


 クリス抜きで会話していると、彼はふらっとセルシアの方に寄ってきた。

「ねーねーセルシアさん。あの二人、デキてんの?」

「でででデキてねーけど!?」

 レオンはびっくりして飛びあがった。サンリアも口をとがらせて首を振った。確かにクリスから見ると二人でこそこそ内緒話に花を咲かせているように見えただろうが。

「……デキてはないそうですよ?」

「へー、なるほどねー。じゃあセルシアさんはボッチかー。俺にしとく?」

「お金もらえるならいいですよ」

「うわっ、ノータイムでそんな返しする人初めて見た! お兄さんかなりのヤリ手だねー。こういう人に手を出してはいけないことを俺は知ってるぞーちなみに今のはみゃく無しの反応なんだなー」

「そういう商売でしたからね」

「何の話してんのよ……あきれた。そんな事よりもっとためになる話してほしいわ、この街の決まりごととかならわしとか」

「えー? まあ大体よその国と同じだよ? 人に危害を加えないー、物を盗まないー、屋外で飲酒やドラッグをしないー、違法モノには手を出さないー、オフライン時は警告ラベルを付けるー、毎日ボディメンテするー、高速移動する時はハイウェイを使う……免許は他国のでも使えるはずー。

 うちの国特有と言えば、そうだなー……雷様が法より上に立ってるから、あきらめること、かなー?」

 ぜんぜん自分達の国とは同じでない部分が多い点については、三人ともがんばって黙殺もくさつした。

「諦めること、ですか。たとえば、……記憶を改ざんされたりは?」

「人同士ならもちろん、同意無しだと違法だよー。合意ならそういう治療もあるから大丈夫。でも雷様にされたなら、しかたない。意志とか関係ない。諦めてねー」

「さっき、されてたわよ」

「んー、そうなんだ。でもね、そういうの、言わなくていいよー。悲しくなっちゃうからねー」

 ニコニコしていたクリスの笑顔が突然スッとゆるんだ。少し眉をあげて真っ黒な目をしばたきサンリアを見つめる。少女は射竦いすくめられたように身を硬くした。


「そう……なの」

「うん。雷様を否定するならこの国には居られない。でも、消された記憶はなんだったんだろう?って、気になっちゃうのはしかたないよねー? そしてその答えはほぼ確実に得られない。理由があって消されたなら、周りに聞いて補完ほかんしたところでまた消されるのがオチだからねー。絶対に思い出せない禁忌きんきの過去。ね、不安になるでしょ? 悲しいでしょ? だからダメだよー」

「分かったわ。ごめんなさい」

「いいよいいよー。それでも雷様の庇護下ひごかにいるのは俺達自身の意志だから。いいことの方が多いしねー。人の目は誤魔化ごまかせても神の目は誤魔化せないから。雷様にちかって、と言えば雷様が判断してくれる。問題の解決でめることはほとんど無いんだよー」

 クリスは右頬を人差し指でトントンと叩いた。


「雷様は、いつでもどこでも見ててくれるのか?」

「見てる。見てるし、その時見てなくてもさかのぼって見られる。雷様のけんのうのひとつらしくて、雷様には何の造作ぞうさもない。だから誰も悪いことできないし、多分他の国より平和だよー」

「何も悪いことできなくて、息苦しくはならないですか? 歓楽街かんらくがいとかはあるの?」

「あるよー合法だよー。悪いことしなくてもちゃんと楽しく生きられるよー」

「ならちょっと安心したけど。僕がいちゃうと困りますからね」

「まあ、今更あなたに遊ぶななんて言わないけれど。……本来の目的は忘れないでよね?」

「わはは、武闘会もセルシアさんのいい娯楽ごらくになるといいよねー! ささ、そろそろ僕らの街トニトルスに到着するよー。なるべくまばたきしないでねー」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る