学校で一番あざとかわいい後輩は、なぜか今日もモブの僕の机にやってくる。しかし、その理由を尋ねても、バレバレな嘘ばかりつく。

ねむいきなこもち

1. あざとかわいい後輩は、今日もやってくる

キーンコーンカーンコーン……


放課後を知らせるチャイムが鳴る。

ああ、今日も授業が終わってしまった。


つい先ほどまで、リスニング教材の音声が静かに流れていた教室は、一瞬でガヤガヤとした風景に様変わりする。


皆の話題は、もっぱら一週間後に控えたテストのことだ。「まじやばーい」だの、「今回は赤点回避しなきゃ終わる……」だの、まず前向きな言葉は聞こえてこない。

別にテストで赤点を取ったって、難なく卒業はできるだろうに。

しかし、そんな風に大げさなリアクションができるのも、青春の特権である。


一方で、テストへの嘆きを共有する友達もいない俺は、特にやることもない。

つまり、授業が終われば帰り支度をするしかない。


「ふぁあ……」


思わず大きめのあくびが出る。

英語の授業がどうにも退屈で、まだ眠気が尾をひいているようだ。


少しのろのろとした手付きで、ペンや消しゴム、ノートを順々に片付け始める。

顔見知りと一緒に帰る流れになり気まずくなるのが嫌なので、クラスの皆が帰り始めるまでは、適当に時間を稼いでおく作戦だ。

まあ深い付き合いの友人は存在しないので、そのまま無視して帰ってもいいのだが、なんとなく後ろめたさも持ち合わせているのである。


思えば、自分のレベルに見合うように、なんとなく決めた高校だった。

順当に合格を貰い、入学し、そのままぼーっと過ごしていたら、気付けば2年に進級している。

本当に、一つの波も風も立たない。俺の高校生活を表すなら、そんな表現がぴったりだ。


そして、時が経つのは早いもので、気付けば一学期の中間テストが迫る。成績はやや上位をキープしており、テストの一つや二つあったところで、生活に大きな変化はもたらされない。


「まったく、青春を返してほしいな……」


そう呟くが、別に誰かに青春を奪われたわけではない。

ただひたすらに、ぼーっと過ごしていただけ。


なのに、部活に入る機会を失い、友達も顔見知り程度にしかできず、ここまで来てしまった。

ただ怠惰なだけで、ここまでひどい仕打ちがあっていいのか?


「まあ、あっていいか……」


「何がです?」


「それはさっき言った。うん……うん?」


何か違和感を覚える。え?


その瞬間、木生きおあおいの眠気は一瞬にして吹き飛び、その脳がギュイィンとフル回転を始めた。


このクラスは40人ほどだ。そのうち軽い会話をする人は数人いるが、もちろん全員男子である。というか、え、今の声女子? しかも敬語?


そんな後輩は知り合いにはいない。まずそもそも部活に入ってないから、後輩すらいないわけだし。いや悲しいな。まあともかく、きっと聞き間違いだろう。うーん、でも、この声の近さで聞き間違えることはないな……


……そうか! きっと別の人に話しかけたんだ。後ろから声が聞こえたし、後ろの席の女子あたりだろうな。名前は忘れたけど。

色々迷ってしまったが、まあそんなとこか。もう頼むから、紛らわしいことはしないでくれ!


コンマ数秒のフル回転を終え、葵は慣れない疲労感に襲われた。

しかし同時に、先ほどのかわいらしい声が、追い打ちをかけるように俺の後ろから響く。


「ちょっと先輩~! 何を返してほしいんですか? てかこっち向いてくださいよ~!」


間違いない。これは俺に向けた声だ。

そう確信した瞬間、背中に冷や汗が走る。その冷たい感覚が、やけに鮮明に感じられる。


恐る恐る、ゆっくり、声のほうに振り返ると、そこには……


「あ! やっとこっち向いてくれましたね。先輩♡」


学校一あざとかわいい、その評判は決して過言ではない。

そのことを改めて知るには、十分過ぎるほど近い距離。ほのかに甘い香りが漂ってくる。


如月きさらぎ裏葉うらばは、振り返ったすぐそこで、俺の顔を覗き込んだ。


「ねえ、このあと時間ありますか? 行きたい場所があって♡」


◇◆◇


思えば、全てが唐突に思える。しかしこれこそ、俺と如月の「出会い」だったのだ。

そして、この日から。

如月は毎日、俺の机のもとへやってくる。

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