第百二十一話 忘れられた「友」

 出現した階段を行き、俺とガラテヤ様は地下室へと向かう。


「へ、へ……へっくしょい!」


「流石に埃っぽいですね。……アレルギーですか、ガラテヤ様?」


「多分……。この世界にもあるのね、アレルギー……」


「あるでしょうね、人間だもの」


「前世は大丈夫だったのに」


「肉体が今までと違うものになるって、意外とデメリット多いですよね」


 俺はガラテヤ様と逆で、前世はハウスダストに敏感であったものの、現世ではそんなことなく済んでいる。


 同じ魂、同じ記憶を、ある程度は持ったままで動くというものは、どうしても違和感が残ってしまうものである。

 前世では出来たことが現世では出来なかったり、逆に現世では出来なかったことが出来たり……その記憶が、どうしても離れない。


 この埃っぽい空間を平気でいられる身体と、今まさに鼻水を垂らしながら何度目かのくしゃみをしているガラテヤ様が伝える。

 俺達は、生きたはずの無い肉体の記憶を持ちながら、確実に前世とは違う人間なのだと。


「でも……良かった。ズビヒビ。私達、現世も人間なんだって、判って」


「どういう意味?……?」


「ジィンが大和くんだった頃までに体験してきた人生は、どれも同じ世界のものだったんでしょ?」


「うん。国も言葉も、多分血筋も違うけど、時間の流れを追うように、ちょいちょい転生して生まれてきてるよ」


「でも、現世は違う世界に生まれた。ズビ。それも、大和くんだけじゃなくて、私も。……へくしょい。それでね、不安だったの」


「不安って、何が?」


「世界まで違うとなると……ズビッ。この世界に生きている人間は、もしかしたら『前世までの世界における人間に限りなく近い別の生き物』なんじゃないかって。私達も、だよ?」


「ああー……。言われてみればそうだね」


「でもこうして、へっくしょん!……ズビッ。私みたいに、アレルギーがあるってことは……免疫が反応し過ぎるって機能が、この世界でも人によってはあるってことでしょ?ふぁっ、ぶあーくしょい!……だったら今の私達だって、少なくとも前世までの人間に近いのかなって……へあっくしょん!」


「姉ちゃん、一回鼻かみな」


「そうする……ちーん!」


 ちなみに、この世界にはティッシュが無いため、鼻をかむ時は手で鼻をかむ……いわゆる手鼻である。


 衛生面に関して、この世界は俺とガラテヤ様が生きていた世界よりも低いということは、文明レベルからして明らかである。


「大丈夫?『水湧きの石』、使う?」


「うん、ありがと」


 しかし便利なのは、こういった魔法具があることである。

 水の魔法を活かした簡易的な時限式の水道、今使った水湧きの石などは、特に便利なものだ。


 ガラテヤ様は手を洗いつつ、俺と足並みを揃えて階段を下り、ようやく地下の階層らしき場所へと辿り着く。


「おっ、何か部屋っぽいのあるよ」


「ほ、埃っぽかった……あと何気に階段長かったぁ……ズビッ」


「ドア……開けるよ?一応、埃に備えといて」


 俺はドアノブらしきものに手をかけ、一気に引く。


 しかし、何かに引っかかって開かないようだ。


「……あら。じゃあ、入り口の時みたいに、蹴破ったら?」


「そうする。おらっ!」


 奥に大切な何かがあるかもしれないというのに、思っていたよりも早くにドアの破壊を提案してきたガラテヤ様。

 埃に振り回されて、もうなりふり構っていられないのだろう。


 俺が勢いよくドアを蹴ると、気持ち良い程にドアは部屋の奥へ吹き飛んでいった。


「ゲッホゲホ!結局こうなるのね、ふぇーあくしょいっ、ゲホゲホ!」


 アレルギーによって作られた鼻水が喉に垂れたのか、ガラテヤ様はとうとう咳までしてしまっている。

 前世の苦しみが蘇るようで、こちらの鼻までムズムズしてきたような。


 俺達はゆっくりと、部屋の中へと入っていく。


 部屋は思っていたよりずっと狭く、蹴ったドアが吹き飛んだスペースと、その横に壊れている本棚と、風化している本が散らばるのみであった。


「えっ、こんだけ?……姉ちゃん。この中に、錬金術師アンドレアに関する資料……あると思う?」


「あったら驚くよ……。でも一個一個……まだ読めそうなものだけは、調べなきゃいけないんじゃないかな……へっくしょい!」


「そうだよねー。……じゃあ一番、状態がマシそうなこれから」


「な、長くなりそうね……」


 俺は渋々、地面に落ちている中では比較的まだ読めそうな本を拾い上げ、パラパラとページをめくる。


 俺も、ガラテヤ様の言う通り、しばらくここでボロボロの本を漁るものだと、そう思っていた。


 しかし、その予想は大きく外れたようである。


「ねぇ、尊姉ちゃん。これ」


「へ……?『悪名高き、しかし素晴らしき錬金術師アンドレアの親友として、偽りしハニーヤという名で知られる男は……』?」


「ビンゴ、じゃない?」


「そうみたい……」


 本のタイトルは、「背きたる者、偽りのハニーヤ」。

 おそらく、ハニーヤの弟子にあたる人物が執筆したものであろうと思われる。


 あまりにも早く、求めていた情報は手に入ってしまった。


 どうやら、その「偽りしハニーヤ」とやらが、アンドレア……もとい「イーラ・ミーア」の友で間違い無さそうである。


 そして、この本に書いてあった、偽りしハニーヤに関係する場所は……。


「『チミテリア山』!北の果てだよ!」


「チミテリア山……国の最北端にある山よね?」


「そう、それ!ハニーヤは、チミテリア山の北で最期を迎えたって、書いてある!」


「じゃあ、早速戻って皆に伝えましょう!鼻水で私の気道が塞がる前に」


「そうだね、この本だけ持って、ダッシュで戻ろう!」


 こうして俺達は、「偽りしハニーヤ」について記された本だけを持って、下りてきた階段を走って駆け上り、それから町の端々へ散らばった仲間達を集めるのであった。


 ガラテヤ様の鼻水は、三時間ほど止まらなかった。

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