第七十六話 違和感

 首無しのケウキの身体は、その一切を残すことなく消滅。


 肉が手に入らなかったことを悔しがるべきなのだろうが、今はそれどころではない。


 ロディアが忽然と姿を消してしまったのだ。


 戦闘が終わると同時に四人でロディアを探そうとするが、そこでまた一つ、妙なことが起きた。


「……身体が動かない」


 俺の身体が動かないのだ。


「ジィン?どうしたの?」


「いや……身体が動かないんです。それに何だか、喋るのも苦しくなって……」


「はは……ジィンまで、私みたいに力が入らなくなったのか?」


「いや、そうじゃあない、と、思います……ハァ、ハァ……何だか、全身が……」


「……マーズお姉ちゃん、ガラテヤお姉ちゃん。動いた方が、良いかも」


「え?どういうことかしら、ファーリちゃ……」


「動いて!」


「わ、分かった!」


「え、ええ!?」


 三人は俺から離れ過ぎないように気を遣ってくれつつ、しかしその場に留まることなく周囲を駆け回り始めた。


 そう思った瞬間、視界の「不自然さ」が消えていく様を脳が理解する。


 しかし、同時に理解したことがある。


 状況は好転などしていない。


 ここは山の中、リソースの追加は無し。

 そして力が入らない身体は、むしろ事態が悪化していることを示していた。


 俺達がこの山へ迷い込んだ際、山の中に動物どころか魔物の気配もしないと感じていた。

 実際に姿も見えなければ、音も聞こえなかったのだ。


 しかし、そうではなかった。

 魔物は本当にいなかったようだが、この世界において一般的な種の鹿や狸が、遠くで俺達から逃げるようにして走っている。


 つまり、それは最初から「いた」のだ。

 今の今まで、何かしらの理由で見えていなかっただけなのである。


 ガラテヤ様達も、視界が戻ったのか。

 何やら驚いたような様子を見せながらも、動き続けている。


 そして、キョロキョロと辺りを見渡しながら走っていたガラテヤ様が、こちらへ目をやるなり、全速力で駆け寄ってきた。


 俺の身体は、依然として動かない。


 ガラテヤ様が焦ったように目に涙を浮かべて、俺の服を触りながら何かを言っているが、残念ながら音も聞こえなくなってきた俺に、その声は届いていなかった。


 霞む視界、その中心には、手にべっとりと血をつけたガラテヤ様。


 ああ、分かった。


 おかしくなった馬車の運転手、消えた仲間、突然見えるようになった動物、霞む視界、聞こえない耳、「死の国デッド・ゾーン」が効かなかった、首無しのケウキ、そしてガラテヤ様の手に付着した血。


 理由は分からないが、間違いない。


 原因は、それ以外にあり得ない。


 そうだ。


 ケウキと戦っていた、そう思い込まされている内に。

 俺は訳も分からず、やられてしまっていたのだ。


 うっすらと、見えている。


 俺を抱きしめ、涙を流し続ける主人の姿。


 かつて姉であった者の感触。


 やわらかい。


 まだ幼く、しかし大人びた金髪の少女。


 その背後から、さらに幼い少女と、鎧を身にまとった妙齢の女性。


 おそらく俺は、彼女達を悲しませてしまっているのだろう。


 全身の感覚が無いのは、そこかしこから血が出ているために、アドレナリンが分泌されているためか。


 気持ちよさに包まれている身体は、次第にフワフワとした浮遊感を覚えさせる。


 三人の背後から現れる、杖を持った青年。


 妙齢の女性は、わざとらしく現れる青年の胸ぐらを掴み、その胸元へ剣を突きつけた。


 おそらく、彼女達も気づいたのだろう。


 しかし、青年は躊躇うことなく蹴りを繰り出し、剣先を逸らす。


 三人の中で最も幼い少女は雷を全身に纏い、青年へ襲いかかった。


 流石に、そのスピードには青年も反応できなかったのだろう。

 間一髪急所は避けたものの、胸を決して浅くない攻撃を受け、後退。


 続けて剣を構え直した妙齢の女性は、光を纏った剣で青年の左腕を斬り飛ばす。


 青年は、いかにも予想外といった顔で額から脂汗を垂らした。


 俺に抱きついている姉から、かつて感じたことが無い程の殺気を感じる。

 側にいるだけで脊髄を砕かれるような、強い怨念。


 しかし、それが解き放たれるよりも先に,青年は残った右腕で杖を振る。


 それと同時に、辺りは光を失ったかのように闇へ包まれ、一瞬にして青年は身をくらませた。


 俺の記憶は、そこで途切れている。

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