第六十七話 再出発

 翌日。

 今日はいよいよ、レイティルさんの行方不明者捜索隊に合流すべく、王都を出発する日。


 俺とガラテヤ様は、デートの際に訪れた『アンリのスープ屋』で、ちょっと贅沢な朝食を済ませた後、すぐにマーズさんとファーリちゃんが入院していた病院へ、二人を迎えに行くことにした。


「ここだったかしら、病院」


「ええ。そろそろ二人が出てくると思うので……ここで待ちましょう」


 四階建ての、いわゆる普通のアパルトメントといった見た目のだが、しっかりと「カバラ医院」と書かれてある看板が吊り下げられている。


「……あっ!」


 ガラテヤ様が声を上げ、病院の入り口へ走っていく。


 そこにいたのは、見慣れた二人。


「……少しぶりだな、ジィン。ガラテヤ。心配をかけたな」


「ただいま。ジィンお兄さん、ガラテヤお姉さん」


「マーズさん!ファーリちゃん!」


「体調は!?もう大丈夫なの!?」


「うん。おいら達なら大丈夫。魔法薬のおかげで、ちょっと無理はしたけど大体回復した」


「そう……良かった。……二人は聞いていないかも知れないから、話しておきたいことがあるのだけれど……いいかしら?ロディアのこと……」


「ああ、それなら聞いていた。……行方不明なんだろう、彼は」


 マーズさんもファーリちゃんも、どうやらロディアについての話だけは、馬車の中でうっすらとは聞いていたようであった。


「ええ。どこに行ってしまったのか、何をしているのか……生死すらも、その一切が不明よ」


「……大変」


 仲間についての話故に耳が勝手に反応したのか、或いは意識が戻っているタイミングが良かったのか。

 いずれにせよ、話が早くて助かるというものだ。


「そうだね、ファーリちゃん。……確かに、捜索はファーリちゃんの言う通り、大変です。正直、二人を病院送りにした例の爆発に巻き込まれたと考えたら、跡形も無く消し飛んでいたとしてもおかしくはない」


「……それが普通にあり得てしまうのが悲しいところね」


「でも、遺体が見つかっていない以上、探す価値はあると思ってます。……それに、あのロディアのことですから。そう簡単に死ぬとは思えなくて」


「……だから、これから私達……レイティルさんの捜索隊に加わろうと思っているの。二人の体調次第では、ついて来てもらおうと思ったのだけれど……どうかしら?」


 俺達も無傷で戦いを終えたという訳ではない。

 しかし切り傷や擦り傷程度で済んでいる分、爆発の衝撃で意識を奪われ、一時は骨や肉がズタボロになっていたマーズさんやファーリちゃんに比べれば、そのダメージは遥かにマシなものである。


 ここで俺やガラテヤ様が動く分には勝手だろうが、退院したばかりのマーズさんとファーリちゃんに無理を強いる訳にはいかない。


 ……「だったら何故待っていたのか」という話だが、連れて行けるならばそれに越したことは無いのである。


「なんか水臭い、二人とも。おいら達の答えは決まってる」


「私達は最初からついて行くつもりだ。そうなるように、強い魔法薬を処方してもらったのだからな。失った体力は、どうせ馬車での移動中にある程度回復するだろう。それに幸い、私達の武器は特に目立った破損はしていないからな」


「こちらの準備はバッチリ。後はついていくだけ」


「……それなら良かった。ごめんなさい、何だか出発に間に合うよう、プレッシャーをかけてしまっていたみたいで」


「仲間のためだ、私は気にしないさ」


「ん。ガラテヤお姉ちゃんは、もうちょっとリーダーとして自信を持った方が良い。おいらが猟兵だった頃の仲間みたいに、『おれについてこーい』って」


「あ、あはは……そう、そう……かも、しれないわね。ふふっ。じゃあ、少し張り切らせてもらおうかしら!ジィン、マーズ、ファーリちゃん!これより、行方不明となった関係者の捜索を始めるわよ!準備はいいかしら!」


「はい!準備オーケーです、ガラテヤ様!」


「ばっちり!」


「こちらも万全だ。これから忙しくなるな」


「よーっし!じゃあ、行くわよー!いざ、しゅっぱーつ!」


 ファーリちゃんの言葉で気が緩んだのか、ガラテヤ様の気分がいつに無く盛り上がっている。


「えっ、ちょっと待ってください。ガラテヤ様。馬車はどうするんですか?ギルドにも学校にもアポ取ってませんし、もう革命団との戦いも、とりあえず終わったって扱いなので……緊急の作戦だから省略、なんて状況でもありませんよ?」


「ああ、今回は王国騎士団から借りるつもりよ。私はベルメリア家の三女だし、ジィンはその騎士でしょ?それに、マーズも第七隊長の娘だから……身分を証明すれば、きっと貸してくれるハズよ」


「……なんかおいらだけ仲間外れみたい」


「いや確かに、なんなら私だけでも顔見せて名前も出せば貸してはくれるだろうが」


「『多分大丈夫だろう』で行くつもりだったんですね」


 ベルメリア家の三女である「ガラテヤ・モネ・ベルメリア」と、その騎士「ジィン・ヤマト・セラム」、更にレイティル第七隊長の娘である「マーズ・バーン・ロックスティラ」の顔と名前が揃っているとはいえ、軍備である馬車をアポ無しで借りるのは流石に迷惑がかるというものだろう。


 ガラテヤ様に限って、そんなミスをすることは無いと思っていたが……どうやらそんな人間こそ、たまにやらかすミスが大きいようである。


「……いくら何でもマズかったかしら」


 駆け寄って来たガラテヤ様が、俺に耳打ちをする。


「一応、軍備ですからね。大臣の娘が突然来て『装甲車貸して』って言ってくるようなモンですよ」


 そして耳打ちであるのをいいことに、俺は現世で通じないであろう言葉を使っての例えで説明をした。


「そ、そう……。コホン!……ど、どうしようかしら」


「まあ借りれるなら良いんじゃないですか?とりあえず、そういうことなら南口の関所にまで行ってみましょう。話はそれからです」


「そうね……久しぶりにやらかしたわ」


「ガラテヤお姉ちゃんもドジするんだね」


「人間だからね。……まあ、こんなにデカいミスしたガラテヤ様を見るのは、俺も人生で何度目かだけど」


「う、うるさいやいっ!」


「ガラテヤ様、口調が乱れております」


「……ふふっ」


「ど、どうしたの、マーズ!何を笑っているのっ!」


「いやあ、ガラテヤも俗っぽい言葉を使えるんだなと思っただけだ……ぷぷっ」


「……た、たまには使うわよ!もうっ!ごめんなさいったらごめんなさいっ!次からは気をつけるから許して頂戴っ!」


 思えば、マーズさんやファーリちゃん達の前で、ガラテヤ様が「尊姉ちゃん」の喋り方をしたのは、これが初めてだ。

 驚かれるのも無理はない。


 今となっては珍しい前世の口調を耳にしたマーズさんとファーリちゃんの反応を楽しみつつ歩いていると、俺達はすぐに街の南門へと辿り着いた。


「あのー……すみません。俺、『ジィン・ヤマト・セラム』って者なんですけど……」


「はぁっ!ベルメリア領の騎士様ですか!どしてこちらに?」


「いやあ……これから、レイティル第七隊長の捜索隊に加わろうと思うんですけど……足が無くて。馬車、貸してもらえませんか?」


「足というのは……どちらで?」


「どちら、とは?」


「交通手段の方か、肉体の方の足かです。あの戦いで、足を失った仲間がいてもおかしくないと思ったものですから……一応、聞いておこうと思いまして」


「交通手段の方なので安心してください」


「分かりました。無事で何よりでございます。えーっと、こうしてこうして……っと。良し!」


 それから、俺達は運転手と共に手配された馬車に乗り込み、一週間以上かけてキース監獄へと向かうこととなった。


 行方不明。

 それ程までに、最悪の可能性が大きく見えていても尚、諦め切ることができない状態というのも珍しいだろう。


 こうして向かっている以上、ロディアも父も、死んでいないことを祈るが…‥その祈りが通じるとは限らない。


 痛みならば、ナナシちゃんの血で思い知った。

 ショックならば、目の前で爆発した幼い剣士の肉片で受けた。


 揺れる馬車の中では、まともに二本の刀を抜いて整備することもできず、あの戦いで装備していなかったために無事だったハーフプレートメイルも、気持ち程度磨くことくらいしかできない。


 それらを終えた後は、クダリ仙人の作った世界が、またしても俺にとってこれ以上残酷なものではないということを祈るばかりであった。

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