第六十六話 補填
俺は「仮設教務棟」の保健室にいるメイラークム先生の元を訪ねた。
用件はもちろん、腰を痛めてしまったムーア先生の面倒を見てもらうためである。
「あら、ムーア先生と……ジィン君にガラテヤちゃん?どうしたのかしら?」
「ホホホ……ちょっとヤンチャしていたら、腰をやってしまいましてな……ジィンさんとガラテヤ様に、ここまで肩を貸してもらったのですよ」
「模擬戦中に無理が祟って……ってところかしら?」
「大正解です。ムーア先生が腰やられてなかったら負けるところでした。……という訳で、処置をお願いします。それと、メイラークム先生も無事そうで何よりです」
「ええ。ジィン君もガラテヤちゃんも、無事で良かったわ」
メイラークム先生の無事も確認できたところで、俺達はムーア先生を置いて、保健室を後にする。
「これから……どうする?」
「とりあえず、武器屋に寄ってもいいですか?いつまでもナナシちゃんの刀を使う訳にはいかないので」
「ナナシちゃん……自爆させられた剣士の子の」
「ええ。あの時装備してたものが軒並み破壊されたもので……だから、今は遺品を借りているんです。でも……これはムーア先生にも言われましたけど、いくら武装を破壊されたとはいえ、いつまでも遺品を持っておく訳にもいかないので。そろそろ、自分のものを用意しなきゃと思ったんです」
「そう。それなら……すぐそこの『アドラの武器工房』なんてどうかしら?オープンしたばかりの武器専門店らしいのだけれど……戦いの巻き添えになって、建物が少し壊れちゃったらしくて。新規開拓と応援の気持ちも含めて、行ってみない?」
「いいですね、新しいお店。ワクワクします」
そうと決まれば、話は早い。
俺達は「アドラの武器工房」なる武器屋へ向かい、オープンしていることを確認して入店することにした。
「……アラぁ~!革命団との戦い以来、初めてのお客様ね!アドラの武器工房へよ~こそ!アタシはアドラ!武器のコトなら任せてちょ、う、だいっ!」
扉を開けた瞬間、立ち上がってカウンターからこちらを見つめる男性。
この人が店主なのだろうが……いかにもマダムといった口調といい、クネクネとした仕草といい、随分とクセが強そうな人である。
「店主さん、この子に合いそうな剣……できれば刀を、何点かピックアップしてもらえるかしら?」
「ん~!いいワよ!アタシってば、ステキな戦士の武器を選ぶのは得意分野なの!」
ガラテヤ様が言うと、アドラさんはすぐに売り場からシミターとファルシオンを一振りずつ、そして店の奥から薙刀と刀を取り出して、カウンターに並べた。
「おお……」
「ウフ、どうかしら!体つきと立ち振る舞いから、片刃の武器が似合うと思ったんだケド!」
「大正解です……!よく分かりましたね」
この店主、只者ではない。
今までどんな人生を歩んできたのかは知らないが、何か相当な修羅場を潜ってきたのか、或いは才能なのか……いずれにせよ、「片手剣」であるとか、「槍」であるといったような分け方ではなく、「片刃」を得意とするということにまで、この短時間で気付いていたことに、俺は驚きを隠せなかった。
「デショ~?アタシの目に狂いは無いのヨ!さっ、好きなの選んで!……でも、特に刀と薙刀はちょっと高いから……持ち合わせが無ければ見るだけでも良いし、取り置きもしてあげるワ!」
「ありがとう、店主さん」
「……どうしようか」
「ン~!好きなだけ悩んでチョーダイッ!ここで取り扱ってる武器は、どれも一級品!アタシが自信を持ってオススメできるモノしか置いてないカラ……どれを買っても、後悔はしないハズよ!……でも」
「ん?何です?」
「その刀も、中々イイと思うわ。店側の人間が言うのもなんだケド、今すぐ変える必要も無いと思うのヨ」
「いやぁ……でもこれ……装備を軒並みブッ壊された代わりとして、相手の遺品を勝手に借りてるだけなので……」
「アラ、そうなの?流石のアタシもそこまでは見抜けなかったケド……でも、何か……『理解』るのヨ」
「そ、そう……ですか……でも、本人に許可を取った訳じゃなかった以上、一応ちゃんとした自分用の武器は持っておきたいので……そうだなぁ。……まあ、無難にコレ、買います!」
俺は刀を手に取り、アドラさんに手渡す。
「刀ネ!コレは刀の中でも、安くて品質も良いお買い得品だから……六万ネリウスってトコかしら?どう?大丈夫?」
「大丈夫です。騎士なので、武器代はある程度までなら家から手当が出ますから」
「アラ、そう!じゃあ、鞘と研石もオマケしとおくワ!お買い上げありがとう、ステキな騎士チャン!」
俺は代金を渡して、新たな刀をナナシちゃんの刀と並べて左側の腰に下げながら、武器を見て回っていたガラテヤ様の手を取って武器工房を出る。
「大事にしますね、この刀!」
「ええ!また武器のことで相談したくなったら、お話だけでもいらっしゃーい!」
俺達が扉を閉め切るまで、アドラさんは手を振ってくれていた。
もしかしなくても、あの店主さんはクセこそ強かったが、間違いなく良い人であった。
「さ、これで準備もできたし……今日はとりあえず、二人が入院している病院の近くに宿をとりましょ。もう間も無く、二人も退院するみたいだし……早ければ、明日にでも合流できるハズよ」
「……これから、本当に忙しくなりますね」
「ええ。行方不明者が、本当に行方をくらましているだけであることを祈るわ」
「そうですね。……父さん、ロディア……二人とも、生きて……ますよね、きっと」
「……そうだと、良いわね」
しかし、俺達の表情は中々明るくはならなかった。
魔法薬のおかげで、マーズさんもファーリちゃんも、すぐに復帰できるようになったが……行方不明者の捜索や壊れた建物の修理など、まだまだ問題は山積みである。
俺達は、しばらくの苦しい日々を覚悟しながら、当然のように同じベッドへ寝転がった。
「……いや、何で?」
「これから忙しくなるんだから、こんな風に寝れるのも、今日でしばらくお預けかもしれないじゃない。私達、もう恋人なのよ?たまには一緒に寝るくらい、しても良いんじゃあなくって?」
「俺としては喜んで、ですけど……」
「なら、大丈夫よね。……こうして一緒のベッドで寝るのなんて、いつ以来かしら」
「ガラテヤ様が俺の寝てるところに忍び込んできたことはここ一年以内でも何回かあると思いますけどね」
「違くて。本当に、一緒の布団で一緒に寝ることよ。……前世以来じゃない?」
「そりゃそうですね。十二歳って……早めとは言え、この世界では普通に結婚できちゃいますからね。付き合っていることは隠してないとはいえ、まだ子供にしか見えない子爵の娘が騎士と寝たなんてことになったらヤバいですって。まさか、ただの添い寝って言い訳は通じないでしょうし」
「そうね……。でも共に冒険して、事件を解決して……ってなった今、ある程度は許されちゃいそうだから……今日は一緒に寝よ!ジィン君!」
呼び方は「ジィン君」のままだが、喋り方が徐々に尊姉ちゃんに戻っている。
俺と出会ったばかりの頃は、キャラ作りでやっていたらしい「ガラテヤ様モード」も、今ではすっかり板についてきて、だんだんとガラテヤ様が「尊姉ちゃん」の部分を、ただの「記憶」として受け取るようになってきているのだろう。
少し寂しいが、それでも眼前で可愛らしい寝顔を晒す少女は、俺の愛する姉であり、ご主人様であり、彼女なのだ。
例えるならば、「最も記憶に残ったゲームをプレイしていた時の思い出」に似ているのだろうか。
俺が三度目以前の人生をそう思っているように、ガラテヤ様も、きっとそうなのだと。
それ程までに、今の人生を大切にしてくれているのだろうと、俺は勝手に思うことにしたのであった。
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