第二十四話 直々の依頼

 翌日。


 俺、ガラテヤ様、そしてマーズさんの三人は約束通り、日暮れに合わせて学内の冒険者ギルドへと向かった。


「お待ちしておりました、ジィン様、ガラテヤ様、マーズ様!さあさあ、こちらへ」


 例の受付嬢に案内されるがまま、俺達はギルドの奥、応接室へ。


「……早速、何のために呼び出したのか……話してもらおうかしら」


 ガラテヤ様はソファーに座り、続けて俺、マーズさんの順番でガラテヤ様を挟むように腰かける。


「はい!これは、貴方達へ直々の依頼です」


「直々の依頼……?私達にか?」


「冒険者としての名を売った覚えは無いのだけれどね」


「ええ。本来、指名での依頼はBランク以上、或いは特殊なライセンスを持っている冒険者にしか来ないものなんですが……依頼主は、王国騎士団第七隊長、『レイティル・デリア・ロックスティラ』様……マーズ様の、お父様です」


「父上が……」


「ええ。依頼と共に伝言を預かっておりまして……『マーズへ。素晴らしいご友人ができたそうじゃないか。そして、その素晴らしいご友人が猟兵の被害に遭ったとか……。そこで一つ、お願いしたいことがある。彼らと一緒に、猟兵の拠点を調査しに行ってみるというのはどうだね?調査地域は、私達が調査や目撃情報を分析して目星をつけた、アリーヴァーヴァ平原東部。ベルメリア領地からいらしたお二方は、王都に来るまでの間に、見たのではないですかな?……安全に関わることだ。強制はしないが……私達だけでは、猟兵の調査まで満足に手が回らなくてね。是非、お手伝いを頼みたい。そして……ガラテヤ・モネ・ベルメリア様、及び騎士のジィン様、うちのマーズと、これからも仲良くして頂けると嬉しく思います』……とのことです」


 なるほど、マーズさんのお父さんから寄せられた、例外的な指名依頼という訳だ。

 ……つまりはコネの産物である。


「父上、直接言ってくれても良かったのだが……お忙しいのだろうな。……ガラテヤ、ジィン君。私としては引き受けたいのだが……君達はどうだ?無理矢理二人を巻き込むようなことはしたくなくてな」


 少し寂しそうに眉を下げ、しかしすぐにいつもの表情へ戻ったマーズさんは、俺達の方へ向き直り、いかにもな笑顔を作った。


 ……このマーズさん、レイティル第七隊長との関係は悪くないのだろうが……何か一つ、仕方の無い理由で生まれてしまった何かがありそうである。


「わざわざ聞かれるまでもないわ。行くに決まっているでしょう。貴方も来なさい、ジィン」


「当然。お供しますよ、ガラテヤ様」


「貴方ならそう言ってくれると思っていたわ。ありがとう、ジィン」


「これでも騎士ですからね」


「では、依頼は受けて頂けるいうことで!……これは先に話しておくべきだったのですが、一週間の間に調査を行って頂き、その成果を以て、少しで成果があった場合は成功とした上で、危険度が低くはないということから、報酬はそれぞれ三〇〇〇〇ネリウス以上を考えているとのことです!改めて、よろしいですか?」


「ああ。答えは変えないつもりだ」


「右に同じよ」


「ガラテヤ様に同じです」


「ありがとうございます!では、頑張ってくださいね!」


 応接室から外まで、俺達を見送る受付嬢。


 今日はもうすっかり日も暮れてしまったので、翌日にミーティングをした後、本格的な調査は明後日、学校が休みの日の朝から始めることにした。


 そして翌日。


 魔法植物学の講義を受けた俺とガラテヤ様、戦術入門の講義を受けたマーズさんは、それぞれ食堂のテーブルにつき、依頼についてのミーティングを始めた。


「……さて、どうする?」


「「どうするって?」」


「猟兵はアリーヴァーヴァ平原東部のどこかにいる可能性が高い……と、父上が伝言で教えていてくれただろう?……であれば、そういった輩が身を隠しやすそうな場所に絞って調査を出来れば、より猟兵どもを追い詰めることができそうだと思ってな」


「それもそうだね。どこの洞窟とか、どこの岩陰とか……絞り込めなかったのかな、レイティル隊長」


「お忙しいのだろう。それに、王国軍には優秀な戦術家もいる。実際に調査員が誰かが現地へ行ったのかどうかも不明だ」


 マーズさんはギルドから貰ってきたアリーヴァーヴァ平原の地図を机に広げ、左肘をついて頬を乗せた。


「大変ね、隊長さんは」


「ああ。私を寮に入れたのも、家にいたところでロクに構えないからだろう。それに……」


「「それに?」」


「いや……やめておこう。これは我が家の問題だ」


 何かを言おうとして、言い淀み、そのまま喉の奥に水と共に言葉を流し込むマーズさん。


「そう?まあいいわ。私達の力が必要なら、また言いなさいな」


 ガラテヤ様は追及しようと思ったのか、少し前屈みになりながらも、やはりそれは空気の読めないことだと察したらしく、そのまま姿勢を直して軽くため息をついた。


「そうさせてもらうよ。……それよりも、調査の話だ。強盗未遂事件、それも子爵令嬢と騎士を襲撃した上で失敗し、構成員がギルドに拘束された……なんてことになった猟兵達が、呑気に原っぱのド真ん中で野宿しているハズ無い。となれば、探すべき地域もおのずの限られてくるだろう?」


「それはそうね。でも……私達、どこにどんな洞窟があるだとか、小山があるだとか……そういう地理、知らないわよ?アーリヴァーヴァ平原は、ただ王都に来る時に偶然入っただけだから」


「その点は大丈夫だ。私は昔、アリーヴァーヴァ平原で父上と、よく狩りをしていたものだからな。だから……数年前の記憶だが、地理には自信がある」


「なら大丈夫か。じゃあ、とりあえず……明日は、アリーヴァーヴァ平原東部の、マーズさんが特に気になる場所を中心に探索……って感じで良いですか?」


「ええ。慣れている人に案内されるのが最善でしょうし」


「ありがとう、二人とも。では、明日……正門前で会おう」


「分かった!じゃあ、また明日!」


「ええ、また明日」


 すっかり眉が上がり、剣を持って自主練習のために訓練場へと向かうマーズさん。


 寮へ向かう俺とガラテヤ様は、偶然にも、同時に背後を振り返る。


 その際に見えた、マーズさんの背中。

 それが、あの堂々とした性格と恵まれた体格の持ち主とは思えない程に小さく見えたことは、彼女には黙っておこうと、俺達は互いに、アイコンタクトだけで誓ったのであった。

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