第二章 駆け出し冒険者、兼、学生
第十一話 入学式
一週間後。
入学試験前も含めて二週間と少しを王都で過ごしたせいか、大通り限定ならば道もかなり分かってきた。
そんな今日、俺とガラテヤ様は冒険者養成学校もとい、冒険者として生きていくにあたって便利な資格をたくさん取得することができる「ウェンディル学園」の入学式へ参加する。
ベルメリア家の家紋を背負っている手前、ガラテヤ様は子爵令嬢らしく、しかし冒険者志望者らしくドレスアーマーで登校。
俺もそれに合わせて、ハーフプレートメイルを着ていくことにした。
物理的に重い服装に加え、今日から寮生活であるため、宿のフロントに預けていた荷物も全て持って行くことになる。
結果として、昭和の主婦がバーゲンセールに行った後に持って帰ってくる衣類が入っている袋のように、大量の荷物を持って登校するハメになった。
「制服とか生徒手帳とか貰えるのかしらね、今日」
「生徒手帳は分かりませんけど……カードなり腕章なり、学生証的なのは貰えるんじゃないですか?制服は分かりませんけど」
黒板の字が汚すぎるでお馴染みリゲルリット先生が、ウェンディル学園の理念は『自由と平等』だと、アメリカ人のようなことを言っていた。
かの先生が適当を抜かしているのではなければ、自由を重視するが故の服装自由なのか、平等を重視するが故の制服なのかは分からないが、それがその理念によって定められていることは確かだろう。
そして、仮に服装に関する規定がこのような理念によって定められたのであれば校則も然り、お偉いの思う冒険者とは何たるかというイメージ或いは幻想に基づいていそうなものである。
誰かが何かを教える場というのは、仮に普遍性の確保を謳っていたとしても、往々にして「そういう」ものなのだから。
俺は三度目の人生……戦時中の学校で、それを痛い程に味わっている。
どれだけ平和ボケしても、あの興奮剤の味は肉体を越えて、精神に染み付いていたのだ。
「……大丈夫?顔色が悪いわよ、ジィン」
「いえ、大丈夫、です。制服……あったら、イカしたデザインだといいですね」
四度目の人生で通った学校での教育は、三度目の人生で通ったソレよりもかなりマシになっていた。
しかし、表向きにはそういった思想教育に対して潔癖な体をとりながら、それでいて世間的に「道徳」とされるものは、過剰なまでに植え付けられた。
弱者は痛みを甘んじて受け入れなければならないということも、逆に、同じ「弱者」であっても立場によっては極端に優遇されるのが当たり前であるという事も全て、学校で習った。
姉ちゃんが助けてくれたが、クラスメイトに虐められても「皆仲良く」を強いられ、俺は「いい子ちゃん」であることを強いられたのだ。
……教育機関の言う「自由と平等」には、もう、とっくに諦めがついている。
仮に現世の「ウェンディル学園」が、立派な冒険者を育てるために中途半端な思想教育をしていたとしても、俺は今更何も言うまい。
そういうものであるとして受け入れ、やるべきことをこなし、姉ちゃんや、友達ができていれば友達と切磋琢磨することに集中するハズだ。
しかし、前世で姉ちゃんも学校に通っていたとはいえ、現世でも特定の思想を押し付けられた結果、ガラテヤ様がガラテヤ様でなくなってしまうようなことがあれば、俺はきっと教師と学園を許せないだろう。
真っ当な人生を生きているガラテヤ様が理不尽に抑圧されることや、特殊な環境に置かれた少数によって煮えくり返るハラワタを抑え込んで涙を流さなければならないことなどあってはならないのだと、俺はどうしてもそう思ってしまう。
新しい学園や新しい生活は楽しみでこそあるが、そういった「中身」への不安は、それとは別にいつまで経っても消えないものなのである。
俺はきっと、欧米諸国の人々に救い主と呼ばれた「愛の人」とは一生かかっても分かり合えないだろう。
愛する者を愛し、欲しいものを欲し、しかしそれ以外はどうでもいい。
結局のところ人間などそんなものなのだと、これまで時代も場所も、世界さえも超えて生きた数十年が、俺にそう実感させる。
このどうしようもない俺という生き物は、姉ちゃんでさえも救えないのだ。
何故なら、姉ちゃんでさえも俺の「愛する者を愛す」の範疇に収まってしまう人間であるからである。
せめてそれが逆も然り……姉ちゃんも俺のことを弟であり、今は騎士としても大切に想ってくれていることを願いながら、俺は今日もガラテヤ様の後ろ姿を見て、確かな姉ちゃんの面影を感じながら、気付けば、正門前に着いていた。
「ジィン。本当に大丈夫?」
少しボーっとしながら歩いていたことがバレたのか、ガラテヤ様は俺の眼前まで顔を寄せ、こちらを見つめる。
「大丈夫です。ガラテヤ様のお顔を近くで見たら、ちょっと元気出ました」
「もう、馬鹿なこと言ってないで行くわよ」
「はーい」
俺とガラテヤ様は正門を抜けて入学式が行われる講堂へと向かう前に、俺達の学年に割り当てられた寮のエントランスへ荷物を預け、ほぼ手ぶら状態になってから改めて講堂へと向かう。
部屋の割り当ては入学式の後に行われるようであり、またクラス分け表は貼り出されていなければ、式のプログラムにも含まれていない以上、それに伴うホームルームも無いものであると予想できる。
……となると、今日は式を済ませた後に寮の案内をされ、部屋を割り当てられて終わりだろうか。
どれだけの長丁場になることかと覚悟していたが、今日はそこまで長くならずに済みそうである。
さて、講堂へ入ると、そこには百数十人程の学生が座っていた。
やはり王都の冒険者養成学校というだけあって、俺達のように、地方からわざわざ入学を希望する者も少なくないようである。
椅子は折り畳み式……ではないのだろうが、何かしら移動が可能なものらしい。
並べられた列に、若干の乱れがみられた。
「……校長?学長?まあいいわ、そういう立場の人。どんな人かしらね」
「話、短いといいですね」
「ええ、それは本当に……ね」
俺達は用務員らしき人に指定された席につき、式の開始を待つ。
ここで姉ちゃんとは一旦お別れ。
後で男女別の寮へ案内されるためか、どうやら席も男女別に分かれているらしい。
「ふぅ」
「やあ。始まるまで暇なら、少し話なんてどうだい?」
俺が溜め息をつきながら背もたれにもたれかかると、右の席へ先に座っていた魔術師らしき青年が話かけてきた。
見たところ、ほぼ同い年だろうか。
「いいですよ。貴方は……魔術師ですか?それとも土着宗教の祭祀とか神官とか、そういう系の人?」
「僕の名前は『ロディア・マルコシアス』。君と同じ十六歳で、闇属性の魔法……その中でも、『幻術』系が得意な魔術師だよ」
「へぇ、幻術使いかぁ……。幻術の属性って闇なんですね」
「幻術には水属性のものもあるけど……そっちは専門外かな」
「ああ、水の幻術なら聞いたことあります。何が違うんです?水の幻術と闇の幻術」
「水の幻術っていうのは、あくまでも水とか霧とかを使って幻が見える状態を作り出す魔法なんだけど……それに対して、僕が得意な闇の幻術は、対象の精神を汚染して幻を見せたり、実体化させた闇の塊を特定の姿に化かしてゴーレムみたいに扱ったり……っていうのが主流だね」
この説明を聞き、水属性の幻術と闇属性の幻術、その違いは「水によって、本人達に自覚があるかは分からないが、おそらくは光の屈折を利用して霧の中に幻を見せる」ものか、或いは「闇によって、対象となる存在の精神へ働きかけて幻を見せたり、闇を実体化させて動く幻としたり」といったものか、そういった点なのだろうと解釈した。
「へえ……勉強になります」
闇の方はともかく、水の幻術は、頑張れば前世までを生きた世界でも使えそうなものである。
「で、そういう君は騎士の『ジィン』様、でしょ?噂には聞いてるよ」
「何で噂で聞かれてるんですかねぇ」
「貴族令嬢のお付きの騎士が、この辺で問題を起こしまくっていた地主と喧嘩したって……そんなニュースの当事者が入学試験に居たなんて情報があったら、広まらない訳が無いとは思わないかい?」
「そりゃそうだよねー……。ま、それじゃあ自己紹介は要らないかな?」
「うん。存じ上げてるとも。入学式で隣同士の席になったよしみだ。仲良くやろうよ」
「ああ、こちらこそ」
それから、俺達は早速二人で冒険者談義に花を咲かせ、式の開始を待っていた。
一方、姉ちゃんも姉ちゃんで、すぐに友人をつくっていたようである。
そして、数十分後。
「静粛に!!!……これより第百十回、ウェンディル学園入学式を始める!!!」
とうとう、待ちに待った入学式が始まると同時に、この学園の校長……もとい学長が、ステージ上へ現れる。
そして、
「……初めまして、諸君。儂がこの学園の学長にして本キャンパスの校長、そして……元Aランク冒険者、『ノイン・ロック』じゃ。儂は君達の入学を歓迎しよう。……さて。しばし、お話にお付き合い願おうか」
何となく察してはいたが、数十分に渡る長い長い話が始まった。
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