第十話 ジィンとガラテヤ
「うおおおおおおおお!」
「ほいっ、そいっ、よいしょっと」
次から次へと迫り来る拳。
巨大に似合わぬ動きだが、スピードも、パワーも、幼少期に圧倒されたあのボブゴブリンに比べれば屁でもない。
「何故当たらねぇんだ!クソッ!」
「当たるかよ。こちとらマジの戦場なんか何度も経験してんだ。ナメんな」
もっとも今回の人生では、あのホブゴブリン戦とランドルフ様戦を除いてガチバトルは経験していないが。
「もう一度々 !食らえ……【アイスボール】!」
「食らうかぁ!【
再び顔面と同じくらいの氷を突きで砕き、もう一撃、追撃の構えに入る。
「ウラァ!」
「脇の下がガラ空きだッ!!!【
相手の拳を避け、構えを変えながら飛び上った勢いで風を纏った回転斬りを繰り出した。
武器が道に捨てられていたボロボロのモップである以上、もとより斬撃を喰らわせるつもりは無い。
しかし。
「ぐ、おおお!?」
「吹き飛べえええええええええッ!!!」
一撃、右脇腹へ風を纏わせたモップを叩きつけると、その勢いに押された相手は、台風が上陸した日の捨てられたビニール袋のように吹き飛んでいく。
「うオオオオオオオオオオオオオオオ!!?」
そして、レンガ造りのアパルトメントに激突。
そのまま気を失ってしまった。
「へへっ。ホームラン!」
「やれやれ。気は済みましたか、ジィン?」
「ええ。そちらのアンドレって奴の拘束……ありがとうございます。お手を煩わせてしまって申し訳ありません」
「いいのよ、これくらい。それよりも」
「ん?」
ガラテヤ様は明後日の方向を指差す。
「そこのお前達!何をしているッ!」
「衛兵さんのお出まし、よ」
長槍を持ちながら走ってきた衛兵二人組が、俺とガラテヤ様へ槍を向ける。
「まあまあ落ち着いて。まずは身分を明かさないとですね。俺はベルメリア子爵家所属の騎士、『ジィン・ヤマト・セラム』という者です」
「そして、私はベルメリア家の三女、『ガラテヤ・モネ・ベルメリア』と申しますわ。いつもと違って身軽な服装ですが、少々用事があってこのような恰好をしておりますの。貴族らしくなくてごめんなさいね」
ガラテヤ様は、身分証明書ともいえるベルメリア子爵家の家紋が入ったコンパクトを、さながら紋所のように見せつける。
それに合わせて、俺もベルメリア家の家紋が入ったシミターを抜き、衛兵に向かってそれが見えるように差し出した。
「なッ、ベルメリア家のお嬢様と、そのお付きの騎士様でしたか!これは大変失礼致しました!」
「しかし……何故、子爵家のご令嬢とその騎士様ともあろう方々が、こんな騒ぎを?」
「状況証拠しか無いんですけど……ガラテヤ様にこのデブがぶつかってきて……謝るどころか、俺達を馬鹿にしてきたものですから……単純にムカついたのと、不敬的なアレで」
「ああ……。名のある方なんですから、もう少し穏便に済ませて欲しかったですけどね」
「ぶっちゃけ俺は捕まっても後悔しないくらいムカついてたので無理でした。すいません」
「はぁ……。まあ、その辺りのご指導は後にするとして……ひとまず、お疲れ様です。前々から彼らは住民達との揉め事が多く、要注意人物としてマークされてはいたのですが……。そろそろ潮時ですかねぇ。とりあえず、彼らの身柄はこちらでお預かりして……。一応、事情聴取はさせて頂きますが、よろしいですか?」
「ええ。よろしくお願い致しますわ。行きましょう、ジィン」
「はい、ガラテヤ様」
「同行、感謝致します。それでは、こちらへ」
そして拘束された二人は衛兵が持ってきた人力車に乗せられて事務所へと連れていかれ、俺とガラテヤ様も、それに同行することになった。
事情聴取自体は数十分で終わり、改めて宿へ戻った俺達は、結果発表までの二日間を持て余すこととなった。
そして、三日後。
俺達はウェンディル学園へ向かい、貼られている試験結果表を見る。
前世までの世界とは違い、番号ではなく名前で合格者が記されているようであった。
そして、俺達は見つける。
「……やりましたね、ガラテヤ様」
「そうね、ジィン」
でかでかと貼り出された紙の端に並ぶ、「ジィン・ヤマト・セラム」と、「ガラテヤ・モネ・ベルメリア」の文字。
二人でハイタッチを交わし、互いに抱きしめ合った。
早速、行列ができている事務室の受付で合格証書を受け取り、さらに俺達は一週間後の入学式を待つこととなる。
この日は酒場でお腹一杯の肉を食べ、酒は未成年であるが故に飲めないが、代わりに果実の生絞りジュースを腹に入るだけ入れて宿へ戻った。
「来週……楽しみだね、姉ちゃん」
「そうだね。……ありがとう、大和くん」
「どうしたのさ急に」
「私の冒険者になるって夢に付き合ってくれてありがとうってこと。でも、……嬉しいなっていうのが半分と、付き合わせちゃって申し訳ないなっていうのが半分」
「別にいいよ。俺、別にこの世界で特にやりたい事なんて無いし。何より、俺の目的は幸せに生きることだからね。姉ちゃんと一緒なら、それはずっと叶い続けてる訳だから」
「大和くん、ホントにお姉ちゃん子だよね。私が言うのもなんだけどさ」
「姉ちゃんは俺にとって家族で、ヒーローなんだよ。大切な家族で、憧れのヒーローでもある姉ちゃんと一緒にいて、幸せじゃない筈が無いよ」
「……そっか、ありがとう。弟にこんなに大切にされて、お姉ちゃんは嬉しいよ」
姉ちゃんは、成長期を迎え始めたとはいえ、まだまだ小さな身体で俺の頭を撫でる。
相手が身内とはいえ照れくさくなってしまった俺は思わず、すぐにベッドへと潜り込んでしまった。
「さ、今日はもう寝よう、姉ちゃん。明日は南通りを散歩するんでしょ?」
「そうだね。お休み、大和くん」
「お休み、姉ちゃん」
そしてベッドに潜り込み、俺は瞬時に意識を夢の世界へ飛ばす。
二人の合格が証明されて安心し切ったのか、ここ数日の疲れが一気に押し寄せたような気がする。
その間、体感にして僅か数秒。
気付けば、陽の光が窓から差し込んでいた。
「おはよう、大和くん!お散歩、行くよ!」
「姉ちゃん……何でこんな眠い日に限って、姉ちゃんが早く起きてるの……。あと五分寝かせて」
「ダーメッ!もう十一時だよ!お昼!」
「ええ……もうそんな時間……?」
「うん!ほら、起きてー」
「それにしても今日は珍しく元気だね、姉ちゃん……ふぁぁ。分かった、着替えるから待ってて……」
「よろしい!じゃあ、先にフロントで待ってるね」
「ふぁーい……」
今日は、麻の服に同じく麻のズボンを着て、部屋を出る。
真っ白なブラウスを着て、同じく真っ白なスカートを吐いて、フロントからこちらへ手を振るガラテヤ様。
その姿には幼いながらも、やはり「尊姉ちゃん」の面影を感じる。
「さ、行くわよ、ジィン!」
「はい、ガラテヤ様!」
こうして俺達は、今日も街を散歩しに外へ出る。
これから、少なくともウェンディル学園へ通う間はお世話になるであろう王都の地理感覚も少しは掴めてきた。
ガラテヤお嬢様と、その騎士ジィンとして歩く街。
またいつか、「大和」と「尊」としても歩いてみたいものだが、それはきっと、この状況で数少ない叶わぬ夢だろう。
俺は無理だと分かっていながらも、そんなことを夢想しながら少し遅れて歩き、ガラテヤ様の後ろ姿を視界に収めるのであった。
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