第二話 知人

 俺は背中をベットから起こし、その声に応える。


 幼いとはいえ、子爵令嬢。

 礼儀は念入りに教え込まれているのか、かなりかしこまった様子であった。


「そりゃあ、まあ……いいですけど……ガラテヤ様の方こそ、大丈夫なんですか?いくら自宅とはいえ、一介の少年が寝ている部屋に、あろうことか子爵閣下のご令嬢が自ら入っていくなんて」


 俺が喋っている間に、扉を開けて部屋へ入ってくるガラテヤ様。


「あらあら、何をおっしゃるの?そんなものは今更というものよ。第一、この部屋に貴方を運んできたのはお母様なんですから」


 この子爵令嬢、少しばかり強引なようである。


「ガラテヤ様も大きくなったら、ちゃんとそういうところもお勉強しましょうね……」


 十二歳の少女が普通に結婚する時代もあるのだ。


 そしてこの世界でも、珍しくはあるが、若ければ十二や三のそこらで結婚することもできてしまうようである。


 現在で十二歳の俺よりも幾分か年下であろうガラテヤ様だが、それでも、あと数年で今の俺に追いつくだろう。


 ……そしてガラテヤ様は、例に漏れず他のベルメリア家の面々にも負けず劣らずの可愛らしい容姿をもっている。

 将来、きっと誰もが羨む美人に育つはずだ。


 そして、そんなガラテヤ様のことなのだ。

 もう少し、警戒して頂きたいものである。


「ふふっ。何のことかしら?気になるわね。教えてくださる?」


 ……と、思っていたが、この口ぶり。


 幼いながらに魔性とは。恐ろしい娘。


「……え、えぇ~?マジ勘弁です」


「ふふっ。冗談よ、冗談。リズお姉様から、『気に入った殿方には思わせぶりなことを言うと良い』と聞きましたの。初めてだったのだけれど、どうだったかしら?」


「どうもこうも、思わせぶりなことを言った後に、それをわざわざ自分から思わせぶりなセリフだって言ってしまっては台無しですし……俺を気に入って頂いたのは至極光栄なのですが、第一、会ってまだ大した時間も経っていない相手、特に男にそういうこと言うのは絶ッッッッッッッッッッ対にやめた方が良いです!マジで!危ないので!色々と!」


 それに、本人は長女であるリズ様からの受け売りだと言っているが、先のいかにも思わせぶるようなセリフを思わせぶりなセリフであると理解している辺り、やはりそういう才能があるのか、はたまたマセているだけなのか……。


 ガラテヤ様、色々な意味で未知数なお人である。


「あら、そう?難しいのね、言葉というものは」


「はぁ……肝が冷えました」


「……あれ、えーっと……。ねぇ、ジィン様。私、何でこの部屋に来たのかしら?」


「俺が知る訳ありませんよ」


 そしてガラテヤ様は、俺と他愛のないお喋りをしている間に部屋へ訪れた理由を忘れてしまったようだ。


「あっ、そうだったわ!私、早速ジィン様へお願いをしに来ましたの!『騎士になって欲しいなーってお願いしたら一撃だよ』って、カトリーナお姉様から、お願いのやり方を教えてもらったのですわ!」


「ああ、そういえば……俺を騎士にするっておっしゃってましたね、ガラテヤ様」


 受け売りを始めから受け売りだと言ってしまうのは、ガラテヤ様の純粋さなのだろうか。


 子供の無茶苦茶な発言とは違う、このチグハグ感。


 ……俺も、他の人からしてみればそう見えるのだろうか。


「ええ、そうよ!貴方は将来、きっと素晴らしい騎士になるわ!私が保証する!」


「こんなことを聞くのは失礼であると、承知の上ではあるのですが……大人の騎士候補もごまんといる中で、何故俺を選んだんです?」


「年齢の割に強いから、というのはあるのだけれど……それよりも貴方は、性格だとか振る舞いだとか……そういうものが、私の大切な人に似ているのよ」


「大切な人、ですか」


 その人に俺を重ねているということだろうか。


 ガラテヤ様の大切な人に似ている、という点で光栄だと思う反面、所詮は大切な人に重ねられただけの代用品だと知って悔しさも感じる。


「ええ。……といっても、現実には存在しない人なのだけれど」


 推しのキャラクター、ということだろうか。


 あまり俗世間に馴染ませてもらえなかったが故に、ブライヤ村の文化以外については全くと言ってしまっても差し支えない程度には知らないが……少なくとも文明からして、この時代にアニメや映画は無いだろう。


 小説、絵画……或いはオペラや演劇?


「差し支えなければ、どんな人なのか教えてもらえませんか?」


「……夢で見たの。長い長い夢。夢の中の私は、ここよりも文明が発達していて……そこは、誰でも魔法具みたいなものを簡単に持っている世界だった」


 ……文明が発達した、誰でも魔法と呼ばれていたものが使えている世界。

 身に覚えが無いといえば嘘になるワードばかりである。


「夢の中の人、ですか」


「ええ、そうよ。……その世界で生きていた私は、『アシカガ ミコト』って名乗っていた。そして、ミコトとして生きていた私には弟がいたの。『ヤマト』って名前の、かわいい弟」


「……うん?」


「ジィン様?」


「ああ、大丈夫です。続けてください」


「その夢は十数年間の思い出みたいだった。とっても長かったわ。そして、ある日……私と弟は、天変地異に殺された。……弟は、地震で崩れた家の天井から私を守って死んで……その後、すぐに私も同じような原因で死んだ。今の私には、その夢が何だったのかは分からないけど……。あれが劇なら、最悪のエンディングだって言うわ」


「……マジ、ですか」


 背筋が凍るような感覚だった。


「あら、そんなに天変地異が怖かったかしら?」


「そうじゃ、なくて!…‥俺、その話知ってました」


「ん?知り合ったばかりなのに、ジィン様にこの話をしたことなんてあったかしら?」


「……コノ『コトバ』ハ、『リカイ』デキマスカ?」


 俺は日本語を喋ってみる。


 前世の記憶は少しばかり実感として薄いものがあるとはいえ、さすがに二度目から四度目まで、三回の生を過ごした国の言葉を忘れる筈が無い。


 そもそも、この世界の言葉と日本語は文法がほぼ変わらず、また同じく十進数を採用しているため、その過程で特に日本語を忘れて新しい言語体系に脳みそを切り替える必要が無かったことも、より日本語の忘却を防いでいたのだろう。


 五度目の生にして生まれる世界が変わってもなお、発音こそ少しばかりぎこちないだろうが、その言葉は確かに脳裏に染み付いていたのである。


「えっ、日本語!?貴方も話せるの、ジィン様!?」


 やはり。


 ガラテヤ様は、日本語を認識できている。


「ガラテヤ様。信じられないかもしれないんですけど……俺にも前世の記憶があるんです」


「『前世の記憶』……!その概念も知ってるなんて……あなた、何者……?」


「前世の名前は『ヤマト』。『足利 大和』。二歳年上の姉がいて、降ってくる天井から姉を庇って死んだ、享年十二歳の男子」


「っ……!?」


 便宜上、彼女は「夢」と言ったのだろうが……それはおそらく前世の記憶。


 そして、彼女は自らを「ミコト」という少女であったと言った。


 さらに、その弟の名は「ヤマト」。


 ガラテヤ様が日本語を喋ることができている時点で、俺は確信した。


 ……俺が「足利 大和」であった頃の記憶と、情報が完全に一致している。


 ということは、この少女の前世は。


「……久しぶり、かな?姉ちゃん?」


「大和……!?そんな、そんな、ことが、え、何が、え……!?」


 間違いなく俺の姉、「足利 尊」であった。

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