第3話 ワンちゃん(フェンリル)
生姜焼きを食べ終えたあと、余ったものはしまい、食後の運動がてら深淵をぶらぶら歩いていた。
「今後はやりたいことなんでも言えよな? でないと俺がとんでもないことするからな」
「と、とんでもないこととは……?」
「うーん……。世界征服とかしちゃうかも」
「わ、私次第で世界が……!? 以後気を付けます……!」
無理して何かこじつけることはしないでほしいが、こうでもしないとラズリはしたいことを言わなさそうだからな。
悪いがこのような形を取らせてもらった。
スローライフと言っても、俺はどんなことをすればいいのかよくわかっていない。基本的に俺の自然体がスローライフなんだろうけれど、どの範疇を超えたらスローじゃなくなるのかが理解できない。邪神だから。
何も考えずただ歩いていると、前から何かが近づいてくる気配がした。先ほどのマウントボアとは違い、ビリビリと感じる威圧感がある。
「ラズリ、止まってくれ」
「? は、はい」
俺は感じ取っているが、ラズリはなにもわかっていない様子だ。恐らく自らの強さを隠せる高等な魔物……神に近しいモノだろう。
いつのまにかそんな奴が住み着いていたのやら。
『グルルルル……』
深淵に吹く風に靡く絹のような体毛、鋭い爪に牙、俺たちより数倍の大きさからの体格……。こいつの正体は、
「……〝フェンリル〟か」
氷神狼、またの名をフェンリル。
名前に神が入っていることから、神に近しいほどの力を得た魔物だ。氷を操ることができるが、それを使うまでもなくフィジカルが強い厄介な魔物……と、人間からは恐れられていたようだ。
「この俺に牙を剥くか、犬風情が。いいだろう、今すぐここで――」
「に、ニーグリっ! わ、わ、私……――あれ飼いたいです……っ!!!」
「…………えっ」
俺の腕をキュッと掴み、そんなことを言ってくるラズリ。
何を言いだすんだと一瞬呆れそうになったが、目を宝石のようにキラキラと輝かせ、ふんすと鼻息を立てるラズリにたじろぐ。
「えっ、と……。ラズリ? やりたいことは言えと言ったが、無理して作らなくてもいいんだぞ?」
「無理……? してないですっ。わ、私、昔から大きなわんちゃん飼うのも夢だったんです……!」
「うぐっ、眩しい!」
どうやらラズリは本気らしい。嫌な思いをしたら大体察知できるから、きっとこれは本音なのだろう。
だが危険なことこの上ないのも確かだ。フェンリルは人間を食す例もあったらしいし、アレを飼うとなると不安要素しかない。
……ここは少し、話し合いする必要があるな。
「ラズリ、少しここで待っててくれ。俺はあのフェン……ワンちゃんと話をするから」
「ニーグリ様はわんちゃんと話せるのですか!? す、すごいです……!!」
「あ、あはは……。じゃ、行ってくる」
少しラズリと距離を取り、フェンリルに近づく。ラズリにはバレないように、フェンリルにだけ殺気を向けた。
「おい犬、お前、言葉は話せるだろう?」
『……如何にも。深淵の邪神ニーグリ殿よ……』
神に近しい魔物故に、言葉を話すことができるフェンリルは多い。
「まず質問だ。なぜ俺たちの前に現れた」
『ここから先は我が縄張り故、如何なる者も顔を確認せねばならない。してニーグリ殿、お主はなぜ此処に居る。なぜ人の子なんぞと歩いておる』
「あそこにいるのはもう俺の家族みたいなものだ。手を出したらわかっているよな?」
『……承知した。我は馬鹿ではない、逆らうことは決してないと誓おう』
「本当か? なら丁度いい。お前、あの子のペットになってくれ」
『…………えっ?』
数秒フリーズしたと思うと、もともと大きい口をさらに開けて呆然としていた。
フェンリルの理解が追いついていないのか、言葉を失っている。
おかしいな、急に言葉を話せなくなるなんてことあるか?
『えー……。わ、我が、ペット?』
「そうだが? 犬になれってことだな」
『…………。我は高貴なる魔物で……』
「知らん。俺がなれと言ったんだぞ。逆らうことはないんだろう?」
『……あの、えーっと……。……ハイ、わかりました……』
「よし、交渉成立だな!」
『随分高圧的な交渉だった気が……』
フェンリルは頭が賢い。だからこうもなれば、逆らうことも襲うこともなくなるだろう。ラズリに手を出したらどうなるかくらい、その脳みそで考えられるはずだしな。
フェンリルを後ろに連れ、ラズリの元に戻った。
「ラズリ、大丈夫だってよ」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございますニーグリ様っ!」
「……にひひ……」
『ニーグリ殿、顔が緩んでおられる』
「わぁ! 喋るわんちゃんなんですね!」
うんうん、ラズリが嬉しそうで何よりだ。
彼女はフェンリルの体に抱きつき、もふもふと感触を味わっている。蕩けて幸せそうな表情をしてくれて、俺の方も嬉しくなってきた。
「はっ、名前もつけなきゃいけません」
「そうだな。よく知らないし、外見から来ててもいいんじゃないか?」
「うーん……じゃあ、シロ!」
「いい名前だな。よろしく頼むぞシロ、何かあったらラズリを守ってやってくれ」
『あ、安直な気がするが……了解した』
「すごいもふもふです……。ワンって鳴いてみてくださいっ!」
『……ワンッ』
「えへへ♪」
こうして、フェンリルがラズリのペットとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます