4
土曜日の夕方、僕の家に制服姿の井上晴香が訪ねてくる。土曜日で授業はないので部活帰りだろうか。
「たまたま近くを通りかかったから」
また届け物を届けに来てくれたのかと思ったがそうではなかった。
「石川くん明日予定ある?」
唐突に聞かれる。今の僕に予定などありはしない。ただ休日に一人で出掛ける気にもなれないから平日と同様、引きこもっているのだ。
「ないけど」
僕の返事を聞いた井上は笑顔で言う。
「それなら明日、一緒に遊園地に行こうよ!」
「遊園地?」
なんで井上に遊園地へ誘われるのだろうか。僕は疑問に思う。彼女とは特に会話をした記憶がないし、仲が良かった訳でもない。チケットが余ったのなら友達を誘えば良いだけの話だ。友達でもない不登校の男子を誘う理由が見当たらない。
「なんで僕なんだ?」
「それは、学校に行くための練習だよ。遊園地の方がハードルは低いでしょ?」
僕にとっては学校より女子と遊園地に行くほうがハードル高いのだけど。
僕は重要なことを確認する。
「二人で?」
「嫌?」
どちらかと言えば大人数の方が嫌なので僕は首を横に振る。
井上はそんな僕を見て笑顔で言う。
「じゃあ決まりだね。明日の午前十時、駅に待ち合わせで」
真っ先に思ったのは起きられるかどうかだった。
いつも眠れなくて朝に寝る生活に慣れてしまっている。最近は夜に明里と散歩までしているから不安だ。
「駄目?」
上目遣いで井上は僕に聞いてくる。可愛いと素直に思ってしまった。
誘ってくれたのに断るのも申し訳ないと思った。
「……わかった」
気は進まないが学級委員長として僕を気にかけてくれているのはわかるので僕は首肯する。
「やった! 遅刻しないでね」
「多分しない」
「多分じゃ困るよ。ちゃんと時間を守って来てね」
「善処する」
「善処じゃなくて絶対に来て!」
釘を刺され、僕は溜息を吐く。まさか学校の前にリハビリとして女子と二人きりで遊園地に行かなくてはいけなくなるとは思いもしなかった。よく考えたら距離的にはリハビリになってないし面倒だけど断れない性格なので仕方がない。僕は頭を掻いて言う。
「わかったよ、行けば良いんだろ」
僕の返事を聞いて満足そうに井上は頷いた。彼女を見て、なんでそんなに嬉しそうなんだよと僕は思った。
「また明日ね、石川くん!」
彼女が手を振っているのを見ながら僕は扉を閉めた。すぐには部屋に戻らず玄関で僕はそのまま立ち尽くす。
今夜の明里との散歩を断らないといけない。
怒られるかな? いや、きっと明里ならわかってくれるはずだ。
部屋に戻ると僕はメッセージアプリで明里に夜の散歩の中止の旨を送った。
*
「あーあ、断られちゃった」
深夜、私、松川明里は歩の家の前で一人呟いた。
幼馴染が少しだけ遠くに行ってしまった感覚を味わう。
「せっかく来たのにな」
本当に遠い場所からせっかく来たのに。
まあ、今日は連絡貰っていたのに勝手に来たのは私だし明日出かけるなら仕方ないけどそれにしてももっと断り方があると思う。
こんなに可愛い幼馴染と散歩ができるのは歩だけなのに。そう考えるとちょっとムカつく。
「何が『今日の散歩なし』よ。もっと長文で言い訳しなさいよね。窓めがけてボール投げちゃおうかしら」
そんな独り言をブツブツと言いながら私は微笑む。
歩が私以外とお出かけするなんて初めてだ。少しは嫉妬というかヤキモチを妬いてしまうところはあるけどそれ以上に喜びの感情が大きいのはなぜだろう。
多分、私は歩が幸せならそれで良いのだと思う。幼馴染が幸せでいてくれることが私にとって一番の幸せなのかもしれない。やだ、私ったらめちゃくちゃ良い人。自分の聖人ぶりに自画自賛してしまう。
こんな夜を続けて歩が元気になってくれれば良い。そう、思った。
私は歩の部屋がある二階を見上げて言う。
「歩、頑張りなよ」
寝ている彼に届かないエールを美しき幼馴染は送ったのであった。
それから少しだけ考えて口を開く。
「歩にまたなんか奢ってもらおうっと」
温かい紅茶なんかが良いかな。そんなことを思って今の家に帰った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます