セカンドダイスの日常 アドベントカレンダー2023

霜月かつろう

としくん二年目のクリスマス

2023/12/01

「あー。今年も十二月が始まったー。もう、終わっちゃうよー。どうしてくれるのよとしくん。いくらなんでも早過ぎるよ」


 ボードゲームカフェ、セカンドダイスに新たに加わったカウンター席で春さんがぐてーっとしている。もう何度も見ている光景だから誰も注意しないし、気にも止めない。もうここの風物詩と言っても過言じゃないくらい。


 橘高俊彰きったかとしあきはすっかり慣れたアルバイト先であるセカンドダイスでゆっくりと店内を見渡す。十二月の始めの金曜日の夕方。お客さんのほとんどは大学生。クリスマスが近づいているので店内をそれに合わせて装飾もしたりしたので、なんだかみんなちょっとだけ浮足立っているようにも見える。


 各グループの会話だっていつもに比べて、クリスマスと言うイベントに向けての話題が多い。この中で誰かと誰かが付き合ったりするのかな。


 ついついそんなことを考えてしまってから、超常連客である河野春こうのはるの方へ視線が向かってしまう。就職活動を始めたと言っていた春はくせっ毛をストレートにしているらしく、いつもとの違いにちょっと戸惑う。


 春が座っているカウンター席を作ると言い出したのは店長だ。何故ボードゲームカフェでカウンター席が必要なのか理解に苦しんだ。三席しかないそのスペースは確かに利用するにちょっとだけ困った空間だ。


 テーブルを置くにしては狭すぎる。ボードゲームを置くとなると動線の邪魔になって仕事が滞ったりお客さんの移動が面倒なことにも繋がる。


 だかれって誰かと遊ぶボードゲームカフェでカウンター席なんて到底信じられなかった。


「ねえ。としくん? 聞いてるの。私の話」


 そう思っていたのだけれど。どうやらこの空間は好評らしい。例えばひとりで遊ぶボードゲームを遊んだり、相席を待っている間にのんびり過ごすのに使ったり、店長と会話だけをしたい常連さんが居座ったり。


 ドリンクの注文が多いのも特徴だ。目の前からヒョイと渡せるので、お客さんの方も気兼ねなく頼めるらしく、作業しているとよく声を掛けられた。


「としくーん。最近冷たくない?」


 いい加減、相手をしないと拗ねてしまいそうだ。


「そんなことないですよ。いつもと変わりません」

「うっそだー。だって目合わせてくれないし。どったのさ?」


 そんなつもりはないのだけど、意識してしまっているのは分からないでもない。いっそ聞いてしまおうか。この前、一緒に歩いていた人は誰ですかって。


 春が歩いているのを見つけたのは偶然だった。これまでも何度か見かけたことがあった。それを事後報告するたびに何で声を掛けてくれなかったのかと少しだけ拗ねるので、今回は声を掛けようと近づいたのに。見知らぬ男性と仲よさそうに歩いていたのだ。


「この前一緒に歩いていた人って、だれですか?」


 考えていて疑問に思ったことがつい口から飛び出た。俊彰としあきは自分でしたことに慌てふためく。一方、春はなんのことだか分からずにキョトンとしている。でもちゃんと答えてくれるのかムムムと考えだした。


「この前っていつ?」

「ええと、先週です。栄口南商店街の靴屋さんの辺りで」

「んー? 私どんな格好してたー?」

「普段着でしたよ。今日と同じ感じの」


 春はあんまりヒラヒラした服は着ない。ボーイッシュな感じの恰好が多い。


「あーん? ちょっと覚えてないなぁ。でもそれがとしくんにどう関係があるのさ」


 彼氏ですか。とは流石に口走ったりはしなかった。


「ちょっと気になっただけです。それよりもほら、ボドゲやらないんですか? ここはボードゲームカフェですよ」

「えー。今日はもういいよー。知り合い誰もいないし。それよりとしくんとお話したい気分なの」


 その言葉にドキッとする。去年のクリスマス辺りで春との距離が近づいて以来ずっとこんな調子。店員とお客さんの距離は保ちつつもここでの会話はこんな感じ。春は誰にもこんな調子だけれど、俊彰はそんな関係をちょっとだけ進展させたいとそう思っている。


 今年のクリスマスは攻めてみる。そう決めたところ。春と知らない男性が歩いているのを見かけてしまって急ブレーキをかけた。


「はいはい。分かりましたけど仕事の邪魔だけはしないでくださいね」

「それくらい任せてよ。としくん」


 そう、無邪気に笑う春のことが俊彰は好きなのだと気付いてから一年が経過しようとしていた。


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