第44話 それぞれの舞台(6)

 これが夜宵の罠で俺は完全に嵌められたのだということに気がついたのは、とめどない焦燥感で目を覚ました時だった。


「──ハッ! ……い、今何時……?」


「おはよう岬くん……。もう十一時過ぎだよ。今からじゃ終電も間に合わない……ね?」


 夜宵は悪戯で、魅惑的な笑みを浮かべた。

 あの料理も紅茶も音楽も全てが彼女の仕掛けたトラップだったのだ。それに気づかないとは刑事の息子の名折れである。


「あ、そうだ父さんに連絡しないと……って言うか、連絡して迎えに来てもらうから大丈夫だよ! ふう……、今日父さんが早番で良かった……」


「残念でした……」


 ニタニタと笑いながら彼女はスマホの画面を見せてきた。

 そこに表示されていたのは、いつ連絡先を交換していたのか知らない父さんと夜宵とのトーク画面だった。


「は……? え……?」


 俺は彼女からスマホを奪いトーク内容を凝視する。

 そこには「岬くん今日は私の家に泊まるそうです」という夜宵からのメッセージに「息子をよろしくお願いします。」と返す警察手帳のアイコンがあった。


「寝汗……かいちゃったね……。シャワー……入ってこよっか……?」


「は、はい……」


 これが事前に計画していたことなのかは分からない。どこで彼女を本気にさせてしまったのか。これは俺と柴崎の件への意趣返しなのか。俺には何も分からない。


 死角などない彼女の手の平の上で、俺はなされるがまま踊ることにした。






 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆






 次の日の朝、俺は鼻をつく独特な匂いで目を覚ました。


「あ、おはよう岬くん……」


「おはよう夜宵……」


 どうやら彼女は昨日買ってあげたネイルを着けているようだった。


「どう……かな……?」


「うん。良く似合ってるよ」


 俺は何故か用意されている男物の部屋着に着替えベッドから這いずり出た。


「朝ご飯作るから待ってて……」


「いや! 流石に今日は俺に作らせてよ!」


「でも……」


「その爪じゃ料理はできないでしょ?」


「……確かに」


 夜宵は愛おしそうに丁寧に着けられたネイルを眺める。


「じゃあ、お願い……」






 そうしてそのままの流れで日曜日も一緒に過ごすことになった。


 大会当日ということで、彼女は一日練習に打ち込み俺はそのサポートに回った。

 午前中は配信をつけずに一人で、午後からは他のチームメンバー二人と配信を付けてOPEXをしていた。


 万が一にも配信に映りこまないよう、PCデスクのあるリビングから隔離され寝室に押し込まれた。

 配信に映る黒いネイルと指輪に一人ほくそ笑みながら、ドアの向こうと少し遅れてスマホから聞こえる彼女の声を聞いていた。


 そうしてコンディションを整え迎えた大会開催時刻。DLカップ運営であるDaisy Lagoonの公式放送では同接が10万を記録していた。

 ちなみに大会は夜の七時から十時なのでまた俺は帰れそうにない。


「……岬くん、こっち来ていいよ」


「え、いやそっちは流石に危ないでしょ」


「……近くにいて欲しいの。動かなければ大丈夫。声出さないでね」


 呼び出しに応じて俺はリビングの方へ忍び足で向かう。マイクはミュートされているだろうが、万が一があってはいけない。

 そして改めてカメラを調整した夜宵が安全地帯に座布団を引いた。俺はそこに座りスマホの電源を切り、横から直接彼女の画面を眺めることにした。


「──ん……。あーあー……。お待たせしました……」


『お帰りなさい夜─YORU─さん! ガチ頑張りましょうね!』

『頑張ろ〜♡』


 彼女のチームメンバーは人気の歌い手と大手事務所VTuberだ。各チーム一人プロゲーマーとランクを見て合わせたカジュアル勢が割り当てられている。


『ガチでもう俺たち全力で夜ちゃん援護するんで! 回復とか全部渡すんで言ってください!』

『スキル使うタイミングも練習通り指示して〜♡』


「ん……気張らず頑張りましょう……」


 それぞれのファンが複窓しているからか、夜─YORU─さんの同接も2万を超えコメントの流れるスピードも異常なレベルだった。


『──さあ始まりました第七回DLカップ! 今宵、OPEXの頂点に輝くのは誰なのか!? まずは参加者の紹介から参りましょう……!』


 サブモニターに表示された公式放送が大会の開始を告げた。

 その瞬間、夜宵はフッと小さく息を吐き、今までに見たことがない程真剣な表情で画面を見つめた。


『──以上、六十名二十組が集まりました! ……それでは第一試合始めましょう!』


 いよいよ始まった第一試合。三回の試合で一番ポイントが多いチームが優勝というルールだ。





 二十分後、第一試合が終わった。

 結果、歌い手が1キル、VTuberが1キル、夜─YORU─さんが5キルでチーム順位は3位だった。


『すいません俺だけ生き残ったのに負けちゃいました!』

『いやいや良いハイドだったよ〜♡』


「切り替えて次……、少しでもキルポと順位稼いでいこう……」





 休憩を挟んで第二試合が始まる。

 四十分にも渡る熱戦の末、歌い手が2キル、VTuberが1キル、夜─YORU─さんが7キルでチーム順位は2位だった。


『これワンチャンあるんじゃないんですか!?』

『今暫定2位だね〜♡1位のチーム強すぎ〜♡』

『これ1位のチームに初動で被せたらワンチャンやれません? 笑』


「他のチームが多分それやるね……。私たちは無難にキルポ拾っていこう……。どうせ残るのはそのチームだから……」





 その絶対的な実力を認めていた夜─YORU─さんの予想通り、最後に残ったのは敵の1位チームだった。


『ぐわぁぁぁ!? すんません頭抜かれました!』


 敵のプロゲーマー枠。それは何の因果か砂ペンさんだった。


『完全に見られてるね〜♡これ最終収縮先に取られて不利だな〜♡』

『すんません長物担当の俺が落ちたせいで!』


「大丈夫……勝てるよ……」


 夜─YORU─さんはガチャガチャ物凄いスピードでキーボードとマウスを操り、砂ペンさんのスナイパーを躱しつつ周囲の状況を確認する。


「──行こう!」


 砂ペンさんがリロードするタイミングを逃さず夜─YORU─さんチームが一気に距離を詰めた。


「ワンダウン!」


『こっちもいちやり〜♡──ってきゃぁ! ♡夜ちゃん崖上! ♡』


 極小の舞台に残されたのは夜─YORU─さんと砂ペンさんだけだった。


 正確無比なエイムが持ち味の砂ペンさん。対して圧倒的な反射神経と異次元のキャラコンを誇る夜─YORU─さん。

 二人の戦いは一進一退のまま安全地帯が消えスリップダメージが蓄積し始める。


 とその瞬間、連戦が祟り遂に夜─YORU─さんの弾薬が尽きた。万事休すかと思われたが、彼女の目に宿る闘志の炎は潰えてなかった。


「──やれる!」


 決着をつけたのは敵キャラの喉元目掛けて繰り出されたパンチだった。


『マジか!?』

『夜ちゃん強すぎ〜♡』


「はぁ……はぁ……」


『少々お待ちください! ……はい……はい……。──ポイントの集計が終わりました! 第七回DLカップ、優勝者は……夜─YORU─、綿田もここ、獅子神シュンヤのチーム“真夜中に歌うVTuber”です!!!』


「やった……!」


 カメラに映らないよう満面の笑みの目元でピースをする夜宵。


 ああ。君は最高の彼女だよ。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

あとがき


お読み頂きありがとうございます!

次話2024/01/06 9:30頃更新予定!

率直な感想お待ちしております!

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