第41話 それぞれの舞台(3)

 そうして迎えた翌週の土曜。


 師匠の厳しい稽古の成果により俺は全盛期の力を取り戻したと言っていい。

 だが柴崎はあの時よりもずっと強くなっているはずだ。


 シンと静まり返った道場の中央で、俺は目を閉じ正座をして息を整える。

 後ろでは夜宵がちょこんと座ってこちらを見ていた。


「来たね」


 師匠の声で俺は目を開き道場の玄関の方へ顔を向ける。

 曇りガラスにぼんやりと浮かんだ黒いシルエットが段々と大きくなるのが分かった。


「──ハッーハッーハッー! 儂は嬉しいぞ岬! お前がまた剣道を始めたと聞いた時は手が震えたもんだ!」


「柴崎……」


 そう、コイツはかなり変わっている。変わっているのは喋り方だけではない。

 柴崎は既に面まで付け、竹刀も抜き身の状態で道場へ入って来た。


「さあ早くやろう!」


「これ柴崎さんや。まずは礼からよ」


 良く言えば型破り、悪く言えば常識知らずな柴崎を師匠がたしなめる。武人の誇り的なものだと本人が語っていたが、コイツは自分より強い人間の言うことには素直に従う。


「そうだったな──」


 柴崎は俺に正対する位置に立ち、それからストンと座った。

 その間に俺も防具を付け、立て掛けられた竹刀を取りに立つ。


「岬くん……頑張って……」


「ああ……」


 夜宵と言葉を交わし柴崎の方へ向き合う。


「女連れとはお前も腑抜けたものよ。負けて女に泣きついても儂は構わんが、怪我やブランクを言い訳にするようなみっともない姿は見せてくれるなよ」


「お喋りは治っていないんだな柴崎。……俺は試合で語るタイプだ」


「カカッ! 戯けめ!」


 柴崎が笑うのにつられて俺も笑ってしまった。ああ、この感じだ。懐かしい。


「じゃあ始めるよ。──礼」


 師匠の言葉で朗らかな空気が一瞬にして緊張へと変わった。


 礼をして俺たちは竹刀を握り立ち上がる。

 竹刀を構えて向き合うと、面の隙間から柴崎の狂気的な笑顔が溢れているのが見えた。



「西、柴崎……対、東、神楽岬。五分三本勝負。では……始めッ!」


「──閭エ縺ゥ縺? ≦縺? ≦!!?!」


 始めの合図が出された瞬間、柴崎が奇声と共に切り込んできた。

 完全に出遅れた俺は柴崎に気圧されたように身をよじるしかなく、躱すことも受けることもできず胴を許してしまった。


「一本! 面あり!」


「フシュー……」


 この意表を突く一本目は中学生の頃から柴崎の得意技だった。

 だが素早さもパワーも比べ物にならない程上がっていた。中学生の剣道と高校生の剣道では、それだけのレベルの差があった。


「二本目……始めッ──」


 今度は俺から踏み込んだ。

 バチン! と互いの竹刀が激しくぶつかり合い、手に痺れが伝わってくる。そうだ、この感覚だ。


「──ツァッ!」


 柴崎が俺を押しのけようと力を込め前傾姿勢になる。

 俺はこの瞬間を逃さなかった。


「──小手ェェァ!!」


 パワーを出せばその分コントロールは難しくなる。固くなった柴崎をするりと受け流すように俺は右に流れそのまま小手を打った。


「一本! 小手あり!」


「ふぅーーー……」


 ストレート負けが消えた俺は一息つけた。多忙の中駆けつけた夜宵の前で柴崎にボコボコにされる醜態なんて晒せない。

 後はただ勝つだけだ。


「勝負……始めッ!」


「縺翫j繧? =!!!???」


「ツゥァッ!」


 今度は柴崎が切り込んでくる。

 バシンバシンと何度も竹刀を跳ね除け合う音はさながら銃撃戦のど真ん中にいるかのように錯覚させる。


「離れッ!」


 一進一退の鍔迫り合いが続き、押し合いの末仕切り直しとなった。


 俺と柴崎は竹刀を下ろし背中を向け元の位置まで戻る。

 そこで目に入ったのは夜宵の姿だった。


「がん……ばっ……て……!!!」


 彼女の出せる限りの大きな声で送られた声援を受け、俺は振り返り柴崎と向かい合う。

 ドンと足を踏み込み竹刀を構えた。


「始めッ!」


 お互いに疲労は限界を迎えている。それは竹刀の先の揺れから明らかだった。

 だからこそ、勝負は一瞬で決める。


「閭エ縺ゥ──」


 柴崎は一本目と同じように面を狙って一気にケリを付けに来た。

 まさにそれは俺の狙い通りだった。


「突きィィャャァァ!!!」


「グゴォ!?」


 全くの予想外の攻撃を受け、柴崎の身体は大きく向こう側へ吹き飛ばされた。


「一本! 突きあり! ……勝負あり! 勝者、神楽岬!」


「ふぅ……」


 柴崎は最初から俺と中学生気分で立合いをしていた。だからこそ勝機があった。

 高校生から使える突き。それは俺たちにとって全く新しい、言わば意識外からの攻撃であったのだ。


「おめでとう岬くん……!」


「ああ……。ありがとう……」


 礼を済ませ俺は面を外す。

 勝利の後の、緊張からの解放。キツい防具に籠った熱気が解き放たれる瞬間。俺は昔からこの感覚が好きだった。


「ハハハハ! 見事だ岬! 儂の完敗だ!」


 柴崎は防具を脱ぎ、鼻息荒く俺と夜宵の元へ歩み寄ってくる。


「え、柴崎さんって……」


「ん……?」


「なんじゃ?」


 夜宵は白く細い指をぷるぷると柴崎に向ける。


「柴崎さんって……女の子だったの……!?」





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

あとがき


お読み頂きありがとうございます!

次話2024/01/03 18:30頃更新予定!

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