第40話 それぞれの舞台(2)

「よっす岬ぃ〜! おは〜」


「おはよう健人。おはよう桜花」


「おはよう」


 今日は桜花に何も言われなかった。

 ホッと胸を撫で下ろし、俺は自分の席へ向かう。


「はは……。──おはよう夜宵」


「ん……、おはよう……」


 夜宵はどこか得意げな顔をしている。


「ああいうのは危ないよ」


「ん……。最近一緒に遊べてないから……」


 その顔は狡い。いつもは無表情で眠そうな彼女の瞳がどこか物憂げに伏せられると、俺はそれ以上何も言うことができなくなる。


「……それに、何かあっても……守ってくれる……。でしょ……?」


 頼られるとどうにかしたくなるのが人間だ。


 そもそも、彼女は彼女のやりたいことを好きなようにやっていいはずだ。

 何の事情も知らず自分の勝手なイメージを押し付ける人間や、その妄想を拗らせ暴力に訴えるような人間が百パーセント悪い。


 そのには当然言葉の暴力も含む。

 昔は夜─YORU─さんへの批判もそこまで気にならなかった。それは俺も批判コメントをする人間と同じ視聴者側だったからだ。

 だが夜宵と知り合い、その努力を、その苦労を知り、そして彼女と付き合っている俺はもはや傍観者ではいられない。


 彼女を守るために俺ができること。それは今まで以上に真剣に剣道に打ち込むことだ。


「ああ。もちろんだ」


「ん……! ん……」


 俺があまりに真剣に返事をしたからか、夜宵は髪をクルクルしながら顔を赤くして机に伏せてしまった。






 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆






「じゃあな〜岬ぃ〜」


「ああ、また明日。──じゃあね夜宵。今日は剣道の方があるから配信は見れないけど頑張ってね」


「ん……。岬くんも頑張って……」


「おう」


 俺は学校を後にし道場へ向かう。






 道場では既に多くの門下生が練習に打ち込んでいた。


「来たね、神楽くん」


「今日もよろしくお願いします師匠」


 この道場の主であり俺の師匠である彼は御歳七十八。師匠は父さんにも稽古をつけていた大ベテランである。

 依然として鋭い眼光を放ち屈強な肉体を持つ師匠は衰えという二文字を全く感じさせない。強いて言うなら頭が光り輝いていることだけだ。


「神楽くん、柴崎さんは覚えているかな」


「え、あ、はい。もちろんです」


「うんうん、そうだよね。昔は二人は良き好敵手ライバルだったよね。そんな柴崎さんがどこからか神楽くんの復帰を聞いて、また試合をやりたいと連絡してきてね。どうするかな?」


 それは懐かしい名前だった。変わった奴だが幼少の時からずっと同じこの道場で過ごした幼馴染のような存在だ。

 だが俺は母さんの事故で剣道を辞め、アイツも高校進学と共に別の道場へ移ったとかで離れ離れになっていた。


 そんなアイツが俺を指名してまたやりたいと言ってきているのだ。逃げ出す選択肢は俺の中になかった。


「やりたいです。やらせてください!」


「うんうん、そう言うと思ったよ。そう思ってたから実はもう試合の手筈を整えていたんだ」


「え……!?」


「試合は来週の土曜日、この道場で。いいね?」


「は、はい!」


 師匠はなんでもお見通しだ。一度は剣道から逃げた俺は、例の事件を機に二度と逃げ出すことないと決めた。それは師匠もよく分かっていた。


「そして今度は対抗試合という形になるね。ある意味で道場の看板を背負った戦いな訳だ。負ける訳にはいかないよ、神楽くん」


「はい!」


「防具を付けなさい。今日からは怪我のことも気にせず厳しくいくからね」


 師匠は不敵な笑みを浮かべ面を被った。その笑みに俺の背筋は凍りつく。


「これは生きて帰れないかもしれないな……」


 なんて呟きながら俺は防具を身に付け、竹刀を握る手に力を込めた。







 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆







「──なんてことがあってさ」


「ん……。そうなんだ……」


 次の日の昼休み、彩りの良い綺麗な手作り弁当を頬張る夜宵に柴崎との試合のことを話した。

 いつものようにあまり変わらない夜宵の表情を見て、運動はからっきしな彼女に、俺とアイツの熱い関係はあまり響いかないかと思った。しかしそうでもなかったようだ。


「でも……良いね……そういう関係も……」


「そうかな?」


「うん……。私はどこのチームにも所属してないから……そういうの……少し羨ましい……」


 彼女が今度出場するDaisy Lagoonカップも、Daisy Lagoonというプロゲーマーチームが主催する大会だ。大きな組織に所属すれば安定した収入と上質な練習環境を手にできる。チームとして大会への出場機会も増える。


 今は無所属の彼女だが、高校卒業は就職のような形でそういったチームに入ったりするのだろうか。俺は夜─YORU─さんの考えを最大限尊重して活動のあり方に口を出すことはしないと決めている。

 じゃあ高校を卒業したら俺と夜宵はどうなるのだろうか。


 脈絡も無く将来を悲観する俺の頭の中を覗いたかのように、夜宵は急に俺の手を取った。


「応援……しに行くね……」


「え──」


「試合は午前で終わりでしょ……? じゃあ午後は久しぶりに出掛けよう……」


「でも次の日は夜宵がDLカップでしょ」


「大丈夫……。私は一日休んだくらいじゃ……負けない……。だから岬くんも……勝ってね……」


 夜宵を守るだなんて意気込んで、本当は助けられているのは俺の方だ。彼女はどんな困難があっても目の前のことに全力で挑む。自分のやりたいことを、信念を絶対に曲げない。


 俺ももう逃げない。諦めない。未来のことなんて、将来のことなんて分からないけど、分からなくていい。

 ただ、全力で今に立ち向かうだけだ。


「分かった。それじゃあ応援お願い」


「ん……。お弁当も作っていくから……」


 ブランクや怪我は言い訳にできない。柴崎には絶対に勝たなければ。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

あとがき


お読み頂きありがとうございます!

次話2024/1/2 15:30頃投稿予定!

2024年もよろしくお願いします!今年こそは書籍化を目標に頑張ります!感想、レビュー等で応援お願いします!

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