第36話 祭り(1)
「それじゃあ、行ってくるね父さん」
「ああ。気をつけろよ、岬」
「うん! 行ってきます!」
俺は家を飛び出し夜宵さんのマンションへと向かう。
「こんにちは夜宵さん」
「ん……ど、どうかな……?」
「とっても可愛いよ」
「……! よかった……です……」
俺はレースをあしらったドレス風の浴衣を着た夜宵さんを連れて、桜花に勧められたお祭りへと足を運んだ。
「このお祭りには来たことある?」
「ん……、初めて……」
「そうなんだ。それじゃあ楽しみだね」
「楽しみ……!」
俺は桜花からお勧めスポットなどを仕込まれた。お祭りは神社の境内で行われており、店の配置も休憩場所もしっかり把握している。デートプランはバッチリだ。
「行こっか」
「ん……」
「はぐれると危ないから」
「うん……」
俺は彼女の手を握る。彼女もそれを拒否することなく、そっと握り返してくれた。
それから俺たちは屋台を見て回った。
「夜宵さん、これ食べる?」
「うん……」
俺はたこ焼きを買い、その一つに爪楊枝を刺して差し出す。
「あ、あの……」
「……うん」
目をつぶりながら控えめに口を開けて待つ彼女の口に、俺はそのたこ焼きをそっと放り込んだ。
「あっ……あつ……あっ……」
「ははは……! ごめんごめん! 少し冷ました方がよかったね」
「ん……」
彼女は最初の一つを飲み込むとまた口を開けて待っていた。
俺はふーふー息を吹きかけよく冷ましてから、もう一つのたこ焼きを彼女の口に入れる。
「ん……美味しい……」
「そう。ならよかった」
俺は間接キスになるななどと思いながら、黙って残りのたこ焼きを平らげた。
「岬くん……あれ……やってみたい……」
「ああ……」
純真無垢な彼女はお祭りの闇、くじ引きに手を出した。
「うーん……」
当然最低のものしか出ない。
くじ屋のおっさんは不敵な笑みを浮かべて後ろから新たなくじをどんどん補充していく。
「むむむ……」
「いやいや夜宵さん……!」
彼女はムキになって財布から札束を叩きつけようとしたが、俺はそれをすんでのところで止めた。
「や、夜宵さん! 一位当たっちゃったら荷物になるし、もう行こうよ! ほら! 俺、次あっち行ってみたいなー!?」
「ん……分かった……」
「まいどー!」
俺はこの腹立たしい店主を懲らしめるために父さんに電話してやろうかと思ったが、少女の夢を守るのもまた重大な使命だ。
俺はくじ屋に群がる少年たちに「お前たちは立派な大人になるんだぞ」と涙の別れを告げ、射的屋へ向かった。
「いらっしゃい! 五百円で二回、千円で五回だよ!」
「とりあえず五百円分で」
「まいど!」
俺は空気銃とコルク二つを渡される。
「岬くん、得意なの……?」
「まあ見ててよ。どれか欲しいものはある?」
「ん……あの熊さんのキーホルダー……」
自信満々にしておいて一番大きなエアガンなんて欲しがられたらどうしようかと思った。だがあの小さなキーホルダーなら何とかなりそうだ。
俺はしっかり頬にストックを当て、手前と銃口の狙いをしっかりと合わせる。そして狙いがブレないようにそっと引き金を引いた。
コルクはポンッと子気味いい音と共にまっすぐキーホルダーへ飛んでいき、命中したコルクはそのままキーホルダーを奥へ落とした。
「ふう……。次はどれがいい?」
「隣の……同じやつ……」
「え? あ、うん……」
そんなにこの熊は人気のキャラクターなのか?
なんにせよ、俺は全く同じ手順で確実に熊のキーホルダーをゲットした。
「岬くん凄い……! 流石刑事の息子さん……!」
「まあね」
小さい頃、俺もこうして父さんに欲しいものを取ってもらったっけ。その時聞いた教えはこうして役に立った。
「手堅いねぇ兄ちゃん」
「今日は……失敗できないので」
「……そうかい。頑張んな」
「うす……」
俺は射的屋のおっさんから二つのキーホルダーを受け取り、そのまま夜宵さんへ渡す。
「これ好きなんだ?」
「いや……あんまり知らない……」
「え? はは! ならどうして二つも?」
「一つは……岬くんが付けてて欲しい……から……」
彼女は俺の手に熊のキーホルダーをぎゅっと押し込んだ。
「お、おう……」
俺たちは二人して顔を赤くして気まずくなったので、手を繋いだまま別の屋台へフラフラ歩き始めた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
あとがき
お読み頂きありがとうございます!
次話2023/12/29 12:30頃更新予定!
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